『本のひろば』は、毎月、キリスト教新刊書の批評と紹介を掲載しております。本購入の参考としてください。2026年7月号
出会い・本・人
「その本を、まだ捨てられず」(徳田信)
特集 シリーズこの三冊!
日本の宣教を考えるに資する、この三冊!(濱和弘)
本・批評と紹介
- 『VTJ旧約聖書注解 サムエル記 上 16~31章』勝村弘也 著(竹内裕)
- 『VTJ旧約聖書注解 列王記 下 3~14章』山我哲雄 著(矢田洋子)
- 『聖書翻訳と宣教』吉田新 著(遠藤佳那子)
- 『今さら聞けない!? キリスト教 新約聖書の祈りと倫理編』嶺重淑 著(筒井信行)
- 『私とは何者か』柳田敏洋 著(桑原直己)
- 『ドイツ・コラールの詩人たち』川中子義勝 著(釘宮明美)
- 『持って生まれたことばを生きろ』深澤奨 著(辻学)
- 『「戦争の時代」にしないために』日本クリスチャンアカデミー関西セミナーハウス活動センター 編(西原美香子)
- 『エフェソの信徒への手紙を読もう』深澤奨 著(奥田知志)
- 『宮本久雄著作集2 キリスト教思想』宮本久雄著(袴田玲)
- 『宮本久雄著作集3 エヒイェロギア』宮本久雄著(阿部善彦)
- 『神の喜び、ここに始まる』平野克己、吉村和雄 編(朝岡勝)
編集室から
今頃になってヘンリ・ナウエンの著作を読み始めている。二十代の頃は牧師や学者の神学的な話題についていけるよう、がむしゃらに流行りの神学書を読んでいた。アラサーを脱しようとする頃、子どもを授かった。それに伴い時間も心の余裕も消え、しばらく読書から遠ざかっていた。一方、頭の中で自分の人生を振り返ることが多くなった。これまで何をしてきたのか。何ができたのか。何を手に入れたのか、自分は何者かになれたのか。
本誌1月号の特集をきっかけに、本棚にあったナウエンの『静まりから生まれるもの』『放蕩息子の帰郷』を読んだ。その間、邦訳の編集者との出会いもあり、「もう少し読んでみるか」と、今は『ローマの道化師』『新しい生き方』をゆっくり読んでいる。学生時代、ナウエンの著作に親しんでいた友もいたが、当時の私には何が良いのかさっぱりだった。今ですら、共同体形成につなげる彼の霊性論はいまいち腑に落ちないし、『放蕩息子の帰郷』の結び、父のようになる招きなんかは、率直に言って“No thankyou”だ。そんな萎れた大人にはなりたくない、という思いが噴出してくる。ただ、「わたしはこうだった」と隣で同じ方向を見ながら話をしてくれる古い友のように語る言葉に、いわゆる神学書にはない不思議な安らぎを感じている。別段、何者にもなれなかった自分を見つめる時、著作から感じる彼の眼差しは、「評価される人間にならねば」という内側の思いと焦りを知っているようだ。彼の視線を追いながら、「神の前に自分が何者であるか」を思い出す長い旅の出発点に立ったような気がしている。 (桑島)
予 告
本のひろば 2026年8月号
本・批評と紹介
(巻頭エッセイ)岡田仁「人間解放の教育」
(書評)富田正樹著『戸惑いながら信じてる50』、芝恭子訳著『楓の記憶、紡ぐ言葉』、藤掛順一著『活けるキリストの現実』、ミロスラフ・ヴォルフ著『排除と抱擁』、洪伊杓著『帝国の神道理解とキリスト教』、久野牧著『神の目にあなたは貴い』他











