列王記を読むすべての人への「宝物」
〈評者〉矢田洋子
本書は、山我哲雄先生による列王記注解の四巻め、V TJ旧約聖書注解シリーズの一三巻めです。このシリーズを立ち上げた日本キリスト教団出版局が大幅に事業整理される寸前、二〇二六年三月二五日に刊行されました。
著者の山我哲雄先生は、言わずと知れた旧約聖書学の泰斗です。数えきれないほどの著書と翻訳書を世に送り出してくださっていることは皆さんご存じでしょう。これまでに日本旧約学会の会長を通算三期(六年間)務められ、会長講演は三回とも列王記関連でした。そんな著者の列王記注解ですから、信頼できること間違いなし。読んでみると、期待以上のさまざまな恵みが与えられました。これも「日本語で書き下ろす聖書注解」の効果でしょう。
本書の特徴の一つは、平易で歯切れの良い日本語で書かれていることです。私がそれに気づいたのは、この紹介文を書くために本書を最初から最後までざっと読んでみたときでした。「詳しい注解書」なのに、いちいち確かめなくても、理解が追いつかないままでも、なぜか無理なく嬉しく読み進めることができたのです。読みやすい日本語のリズムに乗せられて。すると、宝物がたくさん! 疑問は氷解し、無意識に抱いていた思い込みや、気づかずにいた御言葉、新しい視点を発見しました。自然に、列王記の御言葉について「いろんなこと」を考えます。
本書が扱う列王記下3~14章は、南北王国並立時代の後半に関する箇所です。北王国でも南王国でもクーデターが起こった激動の時代です。預言者エリシャの物語が大きな部分を占めます。5章に記されたアラムの将軍ナアマンを癒やす物語は、ルカ福音書でも紹介されています。
著者は扱う聖書箇所を二〇単元に分け、それぞれを丁寧に解説します。それぞれの【注解】には、旧約聖書本文(ヘブライ語原典)を正確に読み取ろうとする中で、語彙などの意味を決めていく過程が、その根拠や不確かさの度合も含めて記されています。著者はテキストの間に見えてくる様々な矛盾や多様性に注目して、それを編集史的方法で読み解き、編集層それぞれの時代の思想とその変遷を明らかにする研究をされています。ですから不整合には敏感で、意味の見極めは慎重です。日本語訳で聖書を読むだけでは得られない、多くの気づきが与えられます。
重要な語彙の解説も丁寧です。特に秀逸なのはナアマン物語における「ツァーラアト(重い皮膚病、規定の病)」についてのものでしょう。聖書本文の歴史的、文化的背景に示唆を与えるものとして、聖書外資料も積極的に紹介されており、【解説/考察】では「メシャ碑文」「黒オベリスク」「テル・ダン碑文」などが詳しく解説されます。
注解の狭間には、現代の問題について考えさせらえる、刺激的な記述もあります。たとえば、クーデターの背後に宗教的イデオロギーを想定し、王朝交代クーデターの北王国には儒教的「易姓革命」、ダビデ王朝復興クーデターの起こった南王国には、天皇家の「万世一系論」的思想があったのだという具合です。最初はほんとかなと思ったものの、言われてみれば確かに……?
とにかく本書は、列王記の御言葉で思索や黙想をしたいすべての人におすすめです。













