暴力の連鎖に抗する信仰のかたち
〈評者〉西原美香子

「戦争の時代」にしないために
非暴力・平和主義を求めて
日本クリスチャンアカデミー関西セミナーハウス活動センター編
A5判・246頁・定価1650円・キリスト新聞社
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本書は、日本クリスチャンアカデミー関西セミナーハウス活動センターが2024年4月から2025年1月まで開催した修学院フォーラム、シリーズ「戦争と平和」の講演録と2023年12月の関連講演録をもとに編集されたものである。世界各地で武力紛争が続き、日本でも安全保障や軍備をめぐる議論が高まる中、国際秩序の揺らぎや不安が深まっている中で、本書はキリスト教の立場から「戦争の時代にしないために、私たちは何を大切にすべきか」を問いかけている。
本書には、神学、歴史、政治、社会運動など多様な分野の講師による講演が収められている。全体を通して浮かび上がるのは、暴力によって平和を実現することはできないという確信である。国家や民族の対立が深まり、「力による抑止」が現実的な選択肢として語られる時代にあって、戦争を防ぐとは何か、平和とは何かという根本的な問いを、信仰の視点から考え直そうとしている。とりわけ大国主義がせめぎ合う国際情勢の中で、平和を構築することの困難さが浮き彫りになっている。
中でも印象的なのは、「対話」を諦めない姿勢である。対話は、論破したり相手に迎合したりすることではなく、相手を尊重し、理解しようと努め、こちらの考えも伝える試みである。個人レベルでは会話、国家レベルでは外交とする「対話」の営みは、恐怖や不安が渦巻く状況の中でも、さざ波のように広がり、紛争を防ぐ文化を育む。講演者たちは、戦争を止めることは政治家や軍事力だけに委ねられるものではないと指摘し、私たち市民や教会が果たす役割の重要性を強調する。
また、旧約聖書の預言者エレミヤとイザヤに学ぶ章では、非戦の心を単なる反戦論としてではなく、他者の身代わりとなる神の愛に基づく生き方として示す。私たち一人ひとりがこの預言者に学び、首を垂れる群れが広がっていくところに、真の平和が訪れるという視点は、キリスト者に深く響く。
さらに、歴史的な非暴力の系譜もたどられ、再洗礼派やメノナイトからキング牧師まで、非暴力を個人の姿勢として示すだけでなく、戦争を行う権力者にも問いかける信仰の行動として描かれる。韓国の民衆(シアル)の主体性や宗教の役割、国際的な協力(民際)も含め、多層的に平和構築の可能性を考える構成は、本書の大きな特徴である。それは同時に、平和が理念にとどまらず、歴史の中で模索され続けてきた実践であることを示している。
本書を読み終えたとき、近年、非暴力によって平和をつくり出そうとする現場で起きた痛ましい出来事を思わずにはいられない。苦しい現実のただ中にあっても、対話と非暴力を模索し続ける人びとの歩みがある。その姿は、暴力の連鎖に抗して平和を求める営みの尊さと、その困難さの双方を私たちに示している。 再び戦争の時代にしないために、言葉を尽くし、対話を重ね、非暴力の道を歩み続けること。それこそ教会に託された責任として、本書は静かに、しかし確かに私たちに訴えている。その問いは、私たち一人ひとりの生き方に静かに向けられているのである。












