ヘンリー・ナウエン 著/リチャード・ロール 序/ブラウネルのぞみ 訳 イエスさまについていこう(徳田信)

競争社会を超えて、神の家を築く道
〈評者〉徳田信


イエスさまについていこう
ヘンリー・ナウエン著
リチャード・ロール序
ブラウネルのぞみ訳
四六判・170頁・定価2200円・一麦出版社
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 本書は1985年の講演がもとになっています。著者ナウエンは、親密な交わりや「下に向かう生き方」を説く霊性指導者として知られており、自分自身の「生の座」に長らく違和感を覚えていました。彼が座していたのはハーバード大学教授の椅子。人より抜きん出ることが良しとされる競争社会でした。ナウエンは講演の後、間もなく、ハーバードを去ってトロント郊外のラルシュ・デイブレイクに移ります。ラルシュは健常者と障がい者が共に生きるコミュニティーで、ナウエンはそこの司牧者兼介助者となりました。
 ナウエンはこの講演を準備する中で、働き場がどこであるか、神からの召命が何であるかを感得していきます。召命を確かめるこのプロセスこそ、原著タイトルの“Following Jesus” つまりイエスに従うことです。それは一見、重い足取りで進むような厳しい道に思われます。しかし本書では、邦訳タイトル「イエスさまについていこう」が示すとおり、自分から歩みたくなる軽やかな道として提示されています。

 ナウエンによると、イエスに従うことはまず、たとえ敵意や競争に満ちた社会に生きていたとしても、そのただ中で安らぎを見出すことです。それは「いま、ここで」経験できる神の国、神の家だと言われます。イエスの呼びかけに応えることが、焦点が定まった目的ある人生への道であると述べます。この場合の目的ある人生は、神と人との愛に生きること、それも具体的なアクションを伴う愛に生きることです。なぜなら、神の息吹(聖霊)を注がれる私たち自身も神の家になり、さらには、私たちを通して神の家が次々と周りに建てられていくと理解されるからです。
 かつて「あしあと」という詩が広く紹介されました。人生のどん底でイエスに背負われていたことに気づいたという内容です。そのような、いわば受け身の救いが必要なときも確かにあります。ですがナウエンは、イエスに背負ってもらうだけでなく、私たちが自分の足でしっかり歩くことが必要だと語ります。それは必ずしも力強く大きな歩みである必要はありません。イエスの愛のささやきに応え、小さくとも一歩を踏み出します。そうすれば、具体的にどのような場で愛を実践するかは自ずと明らかになっていきます。こうしてナウエン自身もラルシュへと導かれました。
 ただしナウエンは、深く人間関係を築こうとするとき、自分自身の傷に向き合う場合があることを自覚していました。ナウエン自身、家賃を超える電話代を使うことがあるほど愛に飢えていました。また、私たちが経験する愛は“ギブ&テイク”がぬぐえません。互いにより多くを相手に求めようとして、それが満たされないために相手への不平を募らせます。だからこそナウエンは、自分に言い聞かせるように、神の愛に根差すことが必要だと繰り返し訴えるのです。
 そして、愛への根差しが深まれば深まるほど、神の愛と無関係な人は誰もいないことに気づくのだと語ります。「神の愛があまりにも豊かで広いので、それを見えるようにするためには多くの人びとが要るのです。そのたくさんの愛の形が互いを支え合うのです」(55─56頁)。ここには宗教の垣根を超えた共同体性が示されています。それはいわゆる宗教多元主義ではなく、イエスが示す神の愛にすべてが包み込まれることを確信する包括主義です。
 福音はそれにふさわしい語り口を求めます。キリスト教の世界では、しばしば外の世界以上に激しい対立が見られます。それぞれ真剣に物事に取り組んでいるのであり、意見の相違自体が悪いのではありません。しかし問われるのは語る内容と語り口との一致です。ナウエンが伝えるのは、小さく密やかな愛こそが「イエスさまについていこう」とする思いを喚起します。強制によって愛は伝えられません。
 ナウエンはカトリック神父でありながら他派にも多くの読者を得てきました。彼の文章が人々の心に届くのは、私たちが多かれ少なかれ経験している葛藤に自分事として取り組んでいるから、またそのことが文章に滲み出ているからだと思われます。そのことは本訳書にも言えます。ナウエンの息遣いを感じさせ、訳者自身がナウエンの世界を深く味わっていることが伝わる訳文です。

書き手
徳田信

とくだ・まこと=フェリス女学院大学准教授

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