木原活信著 ジョージ・ミュラーとキリスト教社会福祉の源泉 (山口陽一)

多くの孤児を救った〝偉人〟の思想の原点と真の姿に迫る!
〈評者〉山口陽一


ジョージ・ミュラーとキリスト教社会福祉の源泉
「天助」の思想と日本への影響

木原活信著

A5判・304頁・定価5060円・教文館

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  本書は、ジョージ・ミュラーの思想と事業について、歴史的検証と明快な論点で従来の一般的認識を格段に深めた研究である。一八九九年(邦訳一九六四年)のA・T・ピアソン『信仰に生き抜いた人』、一九二六年の金井為一郎『信仰の勝利者ジョージ・ミュラー』は今日まで版を重ねているが、木原はミュラーの「信仰と祈り」の生涯を再考し、偉人化されがちなミュラー像を新たに描き直す。
 第一部は歴史的な検証である。一八〇五年にプロシアで生まれた不良少年は、ルター派の牧師をめざして入学したハレ大学で、学友ベータにより回心する。父の期待に反して宣教師を志願しイギリスへ渡った彼は、南部の港町ティンマスで生涯の盟友クレイク、伴侶となるメアリー・グローヴスと出会う。そこはブラザレン運動揺籃の地で、メアリーの兄アンソニー・グローヴスはブラザレンの祖である。聖書を字義通りに信じ、イエスに頼る訓練を受けた彼は、南西部の都市ブリストルに移り、再洗礼を受け、牧師給を放棄してブラザレンの伝道者となった。ここに彼の「天助」による生涯が始まった。クレイクと共同牧会したベテスダ集会は、ミュラーが死去する頃には信徒が千二百名となる。一八三四年、国内外への福音宣教のために聖書知識協会(SKI)が設立され、SKIによって三六年にミュラーの孤児院が設立された。後にハドソン・テーラーもSKIから中国に派遣されている。賛同者だけから献金を受け、借金せず、宣伝せずに神に祈る「天助」の思想による事業は財政難に陥るが、ミュラーは人の同情ではなく「神の栄光」を求めて祈る。孤児院は郊外のアシュリー・ダウンに移転して二千人を収容するまでになる。妻とクレイク亡き後、事業を後継に託し、七十歳のミュラーは十七年間に及ぶ世界伝道旅行に旅立つ。

 第二部ではミュラーの思想形成が新たな視点から解明される。彼は敬虔主義の祖フランケの死から百年後に彼の自叙伝からの感化で思想を形成した。ミュラーの孤児院の原型はフランケが創設したハレの孤児院にあった。ミュラーの思想はブラザレン運動の中で形成され、義兄グローヴスの「フェイス・ミッション」こそ天助の思想の原点だった。さらに排他的なブラザレン主流派から排斥されたことで、ミュラーはオープンなブラザレンとして生きることになり、 これが孤児院への幅広い支援につながった。
 第三部は日本への影響である。八十一歳のミュラーは、一八八六(明治十九)年十一月十九日に横浜に着き東京各所で講演、一月十日に上海に発つまで神戸、大阪、京都で講演した。同志社での講演は、新島襄の序、津田仙の跋で『ジョージ・ミューラル氏小伝幷演説 信仰の生涯 全』として津田の学農社から一八八九年四月に出版された。若き活版工だった山室軍平は、わずか六銭の小冊子を買えずに筆写して百五十回も読み直し、同志社を経て救世軍の中将となり、晩年にはこの小冊子を復刻出版する程の影響を受けた。石井十次もこれを読みミュラーに心酔して岡山孤児院を始めるが、石井のミュラー評価は揺れた。
 木原は、脆さと弱さを抱えて天助を求めるミュラーの愚直さに、偉人や奇跡の人ではないミュラーの本質を見て、これを自助、共助、公助を包むキリスト教社会福祉の源泉とする。

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