バルト神学を日本伝道、そして世界宣教への道しるべに
〈評者〉井ノ川勝
『カール・バルト入門』『バルトによる説教論』に続き、『バルト神学への道しるべ』が間髪を入れずに刊行された。上田光正先生によるバルト神学を紹介する三部作である。新刊の副題に、「日本の教会の歩むべき道は」が掲げられる。三部作全てが、日本の教会の伝道の進展を願い、著者が祈りを込めて綴られたものである。その情熱が伝わって来る。著者の関心は、これからの日本基督教団、更に、日本のプロテスタント教会の歩むべき道は何かである。その場合、カール・バルトの神学をきちんと学び直すことが、最も重要なことの一つであると考える。上田先生は神学生時代からバルト神学に親しみ、ゲッチンゲン大学でガイヤー教授の許で、「カール・バルトの人間論」の博士論文を書かれ、バルト神学に学びながら一筋に説教をし、伝道をして来られた伝道者であり神学者である。本著はバルトの『教会教義学』の要諦とも言える「和解論」と「神論」(恵みの選びの教説)を、日本伝道の視点から説き明かす。
バルト神学の中心は「贖罪論」にあると捉える。伝統的な「刑罰代受的贖罪」ではなく、「審判代受的贖罪論」を唱える。「裁く者が裁かれた」という命題に注目する。ただ一人の裁き主が、われわれ人類を代表して裁かれ、「代理」の贖罪死を遂げられた。そこに人間の罪に対する「神の愛の勝利」、「贖罪愛」とも呼べる「完全な愛」がある。この「代理」の贖罪理解を支えるのが、「恵みの選び」の教説であると捉える。ルター、カルヴァンが遺した予定説の課題を完成したとする。「キリストへの集中」により、イエス・キリストこそわれわれに代わって「棄てられた者」であり、彼の身代わりの死によって、罪人であるわれわれが永遠の救いへ「選ばれた者」として、贖罪が成し遂げられた。バルトの「キリストへの集中」による新しい予定理解は、宗教改革の神学の完成であると捉える。このようなバルトの「和解の神学」は、公同性を持ち、様々な対立を乗り越え、「神の国の福音」という射程を持ち、将来への道を備える。そこに「今こそ、バルト神学」があると見る。
本著は三部構成になっている。第三部でバルト神学を語る前に、第一部と第二部で、モルトマンの「希望の神学」、パネンベルクの「歴史の神学」を論じる。一九六〇年以降の「世のための教会」の問題に対し、一石を投じた。しかし、モルトマンの「希望の神学」には贖罪論が欠如し、パネンベルクの「歴史の神学」は「神からの呼びかけ」を証しする「聖書の神学」が希薄である。それに対し、バルトの「和解の神学」はキリストを中心として、「罪の赦しの福音」(教会)を内円とし、「神の国の福音」(世界)を外円とする同心円を描く。世界の宣教的状況、日本基督教団内の福音理解の対立を越える道しるべがここにあるとする。
『キリスト教教義学』の著者・近藤勝彦先生は、バルト神学はキリストの人性が十分に捉えられず、殉教をも辞さない伝道への熱意や献身は生まれてこないと批判する。それに対し、著者はバルトの言葉で、バルトに代わって応答する。両者共、日本伝道に情熱を傾ける伝道者・神学者であり、熟読すべきである。本著を通して、『教会教義学』を読み直せば、バルト神学が日本伝道、世界宣教への道しるべとなり、われわれの説教も変えられるであろう。
















