現代の視点、アジアの声
〈評者〉江口再起
今、教会が苦戦している。キリスト教はこのままでいいのか。原因はいろいろある。その一つは、キリスト教の偉大な、それゆえ重すぎる遺産をどう生きるか、という問い。アウグスティヌス、トマス、ルターやカルヴァン、そして近々のことで言えばバルトがいる。それらはもう古いと、横を通り過ぎることも一つの手だ。しかし、そうした信仰の先達の残した遺産を、今日の教会の実存をかけて、生き直してみることも大切ではなかろうか。
たとえばルターの『小教理問答』という小さな本。ルターが一五二九年に書いた信仰教育の本。今日でもルター派の教会では、受洗者の準備教育で使われている。内容は十戒、使徒信条、主の祈り、そして洗礼と聖餐についての簡潔な問答形式の入門書。
しかし素直に言って、そのまま読んでもピンとこない。ルターの時代にはそれでよかったのかもしれないが、あまりに簡潔。たとえば十戒の第一戒「あなたは他の神々をもってはならない」については、こう書いてある。
問い これはなんですか。
答え 私たちはすべてのものにまさって神を畏れ、愛し、信頼するのだよ。
これを初めて読んで、そのまま心から納得する人が今日いるだろうか。では、この偉大な小さな本を、今日、どう生かすか。そもそもなぜピンとこないのか。理由が二つある。五百年前の本である。つまり現代の視点がない。もう一つは、歴史的経緯から当然のことながら、西洋中心主義。つまりアジアの視点が全く欠けている。これでは、十戒も使徒信条も主の祈りも、現代人の心に深く届かない。
と言うわけで、ラジャシェカー氏をリーダーにアジアのルター派神学者が集まり『小教理問答』を読むためのテキストをつくった。これが本書『アジアの視点で読むルターの小教理問答』である。インド、香港、タイ、インドネシア、日本と、国籍も教会の背景もそれぞれ。協議を繰り返し解説書をつくった。そこには、現代の視点、アジアの声が響いている。その結果、本書は今まで我々が意識的・無意識的に考えることを怠ってきた様々な教えが問い直されている。とてもラジカルに、だ。たとえば先の第一戒の偶像禁止、他宗教の問題をめぐって、本書の解説はこうだ。少し抜粋してみよう。「近世以降の西洋からの宣教には…無理解から他宗教とその伝統の真理性を認めず、多神教的であることを忌み嫌い、その反面、自らの優位性を正当化してきた歴史がある」。しかし「ルターの強調点は、唯一神や多神教のことでもなければ、無神論ですらなかった。なによりも私たち人間の信頼と心のよりどころが神に置かれるところにあった」。「ルターの解説によると、『他の神々』という表現は、マモン、権力や支配、教会の伝統や慣習など諸々を指している」等々。
すばらしい試みだ。こうした作業を通じて、我々は聖書が、そしてイエス・キリストが指し示し体現した「真理」に一歩一歩近づいていく。
訳は本書の執筆者の一人でもある宮本新氏。わかりやすく、ていねいな訳である。感謝したい。多くの方々に(ルター派以外の!)読んでいただきたい。硬直したルター主義でない、現代人ルターが、ここにいる。
江口再起
えぐち・さいき=ルター研究所所長