【特集】「原発問題」を学ぶなら▼この三冊!

 福島原発事故後、原発の是非に関する書物が数多く刊行された。以下では、キリスト教的な視点から脱原発の必要性を考察した三冊を紹介する。

ローベルト・シュペーマン
『原子力時代の驕り「後は野となれ山となれでメルトダウン」』


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『原子力時代の驕り』
「後は野となれ山となれ」でメルトダウン

・ローベルト・シュペーマン:著
・山脇 直司、辻 麻衣子:訳
・知泉書館
・2012 年刊
・B6 判124 頁
・2420 円

 ドイツは日本の原発事故に最も敏感に反応した国である。事故が報じられると、メルケル首相は既定の脱原発政策を加速させる意向を表明し、連邦議会は2022年までの国内全原発の段階的廃止を決議した。
 ドイツが原発廃止を迅速に決断できたのは、1970年代からの反原発運動の成果が社会に蓄積されていたからである。環境保護の市民運動が高まる中、エコロジーと原発廃止を掲げて結成された「緑の党」は、国政に影響力をもつ政党に育った。チェルノブイリ原発事故後、国土の放射能汚染を被ったドイツでは、原発廃止を求める世論に応じた政府が再生可能エネルギーの普及策を打ち出していた。2011年時点で脱原発とエネルギー転換はドイツ社会の合意事項だった。
 ローベルト・シュペーマンは、ドイツのカトリック哲学者(1927~2018年)。人類が原発の利用を開始
した1950年代から原発に反対し続け、ドイツを代表する脱原発派の知識人として知られていた。本書には過去三回繰り返された原発巨大事故(スリーマイル島、チェルノブイリ、福島)を背景に公表された論文とインタビュー記事が収録されている。
 シュペーマンの原発批判の核心は、“Nach uns die Kernschmelze”(メルトダウンは我らの後に来たれ)という原著タイトルに表現されている。原発はメルトダウン事故により放射性物質を大量放出するリスクを伴う。しかも事故の発生確率は安全対策を重ねてもゼロにはならない。40年の運転期間中に巨大事故を起こさなくても、原発は稼働を続ける限り、最終処分が困難な放射性廃棄物(核のごみ)を大量に作り出す。
 今日のキリスト教は、私たち人間には生態系と未来世代の生命を守る責任があることを強調する。許容できないリスクを伴う原発の利用は、この倫理的責任の放棄にほかならない。シュペーマンは、20世紀における科学技術の進歩に魅了され、原子力を制御できると自らの能力を過信した人間の驕りを批判し、脱原発は今後の社会にとって必然の選択であると主張する。
 福島原発事故直後に刊行された本書は読書界の注目を集め、ドイツでは学術書部門のベストセラーとなった。

内藤新吾
『キリスト者として〝原発〟をどう考えるか』


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『キリスト者として“原発”をどう考えるか』
・内藤新吾:著
・いのちのことば社
・A5 判83 頁
・2012 年刊
・880 円

 福島原発事故以前、日本では原発廃止を求める市民は社会の少数派だった。政府と電力会社が、安全対策が万全な日本の原発は米国やソ連で起きたような巨大事故を起こすことはないと宣伝したからである。原発問題を考えるのは原子力やエネルギー政策の専門家の仕事であり、この問題の素人である一般市民は専門家の判断に従えばよいという風潮も強かった。
 福島原発事故の教訓の一つは、「原発安全神話」を流布させた政府・電力会社・原子力の専門家に、原発の是非に関する最終判断をまかせてはならぬということである。後日の報道によると、複数の原子炉がメルトダウンする前例のない巨大事故への対応を指揮した吉田昌郎・福島第一原発所長は、東日本が壊滅する最悪シナリオの進展を覚悟したという。社会の存続を不可能にする巨大事故リスクを伴う以上、原発の利用は電力不足の解消というエネルギー政策の次元だけでは語れない。それは人間の生き方の善悪という問題に直結している。原発の電気で生活する一般市民こそが、その利用の是非については思考停止に陥ることなく、自ら判断する責任を負っている。
 内藤新吾は1961年生まれ、日本福音ルーテル教会牧師。初任地の教会で原発での被ばく労働を繰り返した野宿者に出会ってから、今日まで約30年にわたり原発問題に取り組んでいる。
 本書は、原子力の素人である一般市民に、原発が引き起こす諸問題を解説する。内藤が指摘する原発の最大の問題は、それを利用する人間の生活が、地上における正義と平和の実現を─すなわちイスラエル預言者やイエスが追求した人類共通の望みを─裏切ってしまうことにある。
 原発を利用する人間は必ず被ばくする。その危険の配分は平等ではない。より大きな危険にさらされるのは原発労働者や原発立地地域の住民である。原発は人間の命の価値を序列化し、弱い立場に置かれた人々を犠牲にする差別的な社会を作り出してしまう。
 元来、原子炉とは発電ではなく、原爆プルトニウムの生産のために開発された軍事技術である。安全対策や廃炉の費用まで計算に入れるなら高コストで、巨大事故リスクを伴う原発に、なぜ日本の政治指導者が固執するのか。その真の動機は核兵器製造に必要な技術の保全にあると内藤は分析する。
 本書は、脱原発運動に関わった著者の経験に基づき、原発問題の構図を分かりやすく解説する。教会での学習会の参考書に勧めたい。

日本カトリック司教協議会『今こそ原発の廃止を』編纂委員会
『今こそ原発の廃止を 日本のカトリック教会の問いかけ』


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『今こそ原発の廃止を』
日本のカトリック教会の問いかけ

・日本カトリック司教協議会『今こそ原発の廃止を』編纂委員会:編
・カトリック中央協議会
・A5 判288 頁
・2016 年刊
・2530 円

 核兵器廃絶を訴える戦後日本の平和運動は、原発という原子力の「平和利用」については反対の立場と容認の立場に分かれていた。評者が属する日本のカトリック教会では、バチカンが国際原子力機関(IAEA)の加盟国として平和利用推進の立場を選択していることも影響してか、福島原発事故以前に原発廃止を訴える信徒は少数派に留まっていた。ところが、福島原発事故では、2011年8月までに広島原爆168発相当の放射性セシウムが放出された。人間の被ばくと自然環境の放射能汚染という核害の深刻さにおいて、原子力の軍事利用(核兵器)と平和利用(原発)に何ら変わりがないことが明白になった。
 この認識に基づき、日本のキリスト教各派は、福島原発事故後に原発廃止を求めるメッセージを発信した。カトリック教会は司教団が「今すぐ原発の廃止を」を公表し(2011年11月)、原発廃止を明言できずにいた過去の立場を自己批判し、脱原発とエネルギー転換の呼びかけを行った。
 2016年刊行の本書は、この司教団メッセージの解説書である。全三章からなり、評者を含む九名の学者が執筆を分担した。
 第一章は、核兵器開発から現在まで原子力技術がもたらした核害の歴史をふりかえる。福島原発事故については事故の経緯と被害の全体像を要約し、核害を受けた人間と地域社会の復興が今後どうあるべきかを論じる。第二章は、原子力と原発を科学的・技術的な観点から解説する。放射線被ばくが健康に与える影響や、原発施設の安全確保に関する技術上の難点については、専門家の知見を紹介する。第三章は、原発の問題点をキリスト教神学・倫理の観点から考察し、原発なき社会の実現にとって必要不可欠なエネルギー転換の可能性について検討する。
 本書を準備中の2015年、エコロジーを主題とする教皇フランシスコ回勅『ラウダート・シ』が発布された。回勅は、生態系破壊と貧困格差の拡大によって社会存続の危機をまねいた私たち人間の生き方を批判し、地球という共通の家を大切にする生き方への転換(エコロジカルな回心)を呼びかける。回勅の問題提起を引き継ぐ本書は、原発廃止がエコロジカルな回心の必須条件であると主張する。
 本書は韓国語と英語に訳され、英語版はカトリック中央協議会のウェブサイトで公開されている。人類史的大事件である福島原発事故の教訓は広く共有され、語り継がれねばならない。本書が脱原発を求める国際世論の形成に寄与することになれば幸いである。

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