聖書を考える

影響史の視点に立った革新的な聖書理解
〈評者〉大貫隆

 本書の原書は旧約聖書学者A・ラコックと哲学者P・リクールが1998年に、フランスと米国で同時に刊行した共著である。リクールは周知のとおり、二十世紀を代表する哲学者の一人である。ラコックはベルギー生まれの旧約聖書学者で、シカゴ大学でリクールと同僚であった。二人は旧約聖書から、創世記2─3章、出エジプト記20章13節、エゼキエル書37章1─14節、詩編22編、出エジプト記3章14節、雅歌の合計六つの本文を取り上げる。ラコックは釈義的に原初のテクストの背景と意味を復元した後、新約聖書やラビのユダヤ教による再読解へつながりをつける。近代哲学・文芸批評(キエルケゴール、N・フライ、E・レヴィナスなど)への目配りにも長けている。それを受け取るリクールは、哲学史および現代思想におけるそれぞれのテクストの再解釈を省察している。二人に共通するのは「影響史」の視点である。
 「影響史」の視点にとっては、「読者」の問題がきわめて重要である。遠い過去に著された作品(テクスト)から「影響」を受けるのは、その後のそれぞれの時代の読者だからである。しかし、作品を生み出した著者自身も先立つ伝承を読んで、その影響を受けていた。その上で、自分の作品を読みにテクストの前にやってくる同時代の読者に影響を与えるべく、作戦を凝らしているわけである。テクストの伝承史はそのまま影響史なのであり、その全体を貫いて作品は新たに生まれ続けて行く。そうであれば、テクストを「後ろ向き」に分析することと「前向き」に分析することは相即不離の作業となる。この意味で、聖書の歴史的批判的研究を一括して否定的な意味で「後ろ向き」だとする紋切り型の論評は、ラコックも指摘(4頁)するとおり、当たらない。ただし、これまでの研究が「読者」の読み行為ではなく、「著者」の作戦を中心にしてきたことは間違いない。
 私に「読者」の重要性を最初に発見させてくれたのは、本書の訳者の久米博氏が1978年に編集・翻訳されたP・リクール『解釈の革新』(白水社)だった。その後、解釈学の分野でのリクールの一連の研究が久米博氏の手で次々と紹介されてきた。そこでは、「影響史」の視点だけではなく、テクストが「読者」のために現実を「模写」(メメーシス)すると同時に「再創造(ポイエーシス)」する仕組みが分析される。これは比喩論と呼ばれ、いわゆる「言語学的転回」後の二十世紀の哲学にリクールが行った最大の貢献だと言われる。私もイエスが「神の国」について織り上げていたイメージのネットワークを取り出す際に、それによって大いに啓発された。ただし、本書は「影響史」に関心を集中する分、この仕組みについての論述が相対的に希薄である。
 欧米の聖書学は、私の見るところ、これまでリクールのその貢献に正当に反応してきたとは言えない。わが国の聖書学にとっても、久米博氏が全精力を注いでこられた労苦に積極的に応答して行くことが今後に残された課題だと思う。

聖書を考える
P・リクール、A・ラコック著
久米博、日髙貴士耶訳
A5判・514頁・定価5940円・教文館
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書き手
大貫隆

おおぬき・たかし=新約聖書学、東京大学名誉教授

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