▼シリーズ この三冊!
〈キリスト教と哲学〉の関係を問い直す三冊―ミシェル・アンリを読み継ぐ

(1)『ミシェル・アンリ読本』(川瀬雅也・米虫正巳・村松正隆・伊原木大祐、法政大学出版局、2022年)
(2)『受肉』(中敬夫訳、法政大学出版局、2007年)
(3)『キリストの言葉』(武藤剛史訳、白水社、2012年)

 〈キリスト教と哲学〉などという手垢まみれのテーマで今さら何を新たに問い直すのかとも思われよう。しかし本稿の依頼をいただいて考えてみると色々と学ぶところがあった。ここで皆様と問題意識を共有できればと幸いである。日頃わたしが論文・発表に取り上げるのは主にマイスター・エックハルト(1260頃―1328)とその周辺である。エックハルトはトマス・アクィナス(1225頃―1274)と同じドミニコ会の神学者で、同会の教育・会務の数々の要職を務め、パリ大学神学部教授にも二度任命された。だが晩年には異端嫌疑がかけられ、諸命題が吟味され、最終的に二八の命題について断罪する「ヨハネス二二世の教皇勅書」(『エックハルトⅠ』キリスト教神秘主義著作集6、教文館、1989年に収録)が発せられた。
 断罪と排斥によって思想史の表舞台から退場したエックハルトは、近現代になって「ドイツ神秘主義:Die deutsche Mystik」という言葉とともに西洋哲学の歴史の中に再発見・再評価された。「ドイツ神秘主義」はエックハルトからヤーコプ・ベーメ(1575―1624)に至る思想潮流とみなされ、ドイツ観念論という頂点に向かう西洋哲学の発展史的線上に描き出された。日本におけるエックハルト研究の主要な先駆者のひとり西谷啓治(1900―1990)もまたそれにしたがってエックハルトとベーメを同じ神秘主義の類型に並べている。その際、西谷のエックハルト論が「神性の無」にもとづいて「絶対無」を強調し、さらに、それをベーメの「無底」につなげて論じていることはよく知られている。かくしてエックハルトは「三位一体の神」を否定して「神性の無」への突破と内在を説いた、非キリスト教的な「絶対無」の〈神秘主義者〉〈哲学者〉と評され、なおかつ、そうしたエックハルト像はいまだ広く流布している。
 しかし、このようなエックハルト像は妥当か。そもそも、いまだかつて西洋哲学がエックハルトを理解したことはあったのか。この問いを西洋哲学に対する根本的批判としてきわめて鋭く突きつけたのがミシェル・アンリ(1922―2002)である。アンリは最初の主著『現出の本質』(上下:北村晋・阿部文彦訳、法政大学出版局、2005年)で「エックハルトを断罪した者たちには、欠けていたものがひとつだけある。それは、エックハルトの思考を了解することである」(上456頁)と述べ、西洋哲学がエックハルトを理解したことがなく、エックハルトは西洋哲学における「例外的な思想家」であって、エックハルトからベーメさらにドイツ観念論へと一体的に論じうる「ドイツ神秘主義」の思想的連続性は成立しないと看破した。
 アンリによれば、ベーメの「無底Ungrund」(フィヒテ、シェリング、ハイデガーに影響を及ぼしている)は、それ以上いかなる根底にも根拠にもさかのぼりえない根底無き根底、根拠無き根拠であるが、結局、それは、エックハルトが「根底grunt」として説くところを理解せずに、説明・理解不可能で不可知なるものを実体化したに過ぎない。この点は『ミシェル・アンリ読本』(川瀬雅也・米虫正巳・村松正隆・伊原木大祐、法政大学出版局、2022年)の第二部第一章「アンリとドイツ神秘主義」で私自身で扱ったので読んでいただきたい。前置きが長くなったがこの『ミシェル・アンリ読本』が紹介したい一冊目である。


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『ミシェル・アンリ読本』
・川瀬雅也、米虫正巳、村松正隆、伊原木大祐:編
・法政大学出版局
・2022年刊
・A5判350頁
・3,410円

 それでは西洋哲学が理解しえなかったエックハルトの「根底grunt」とは何か。それは「無底」のように語りえないものとして不可知の闇の中に祭り上げられるものでは断じてない。アンリの比類なき慧眼が鋭く捉えたように「根底」は神的生命の「誕生」のはたらきそのものである。すなわち、アンリがエックハルトからの引用として示しているように、永遠の父なる神は「生み出すことによって自分自身の内にとどまり、自分自身にとどまることによって生み出す」(現出の本質、上462頁)。つまり「根底」とは父ないし神性が神秘的に秘匿される〈場〉などではなく、父が父自身のうちにとどまるはたらきそのものであり、しかも、自ら自身にとどまることのうちに子を生む「誕生」と一体である。この「一体性」こそがエックハルトの説く「神性」の本質である(同461頁)。「父」が生む「子」を、ロゴス(パロール・ことば)として聖書が示しているのは、この一体性ゆえに子に父の一切が与えられ、子において父が知られるからであり、「根底」は生み・生まれる神のいのちの自己啓示そのものである(同475頁)。かくしてエックハルトの説く「根底」は「誕生」という神的生命の自己啓示であって、断じて、語りえないものとして不可知の闇の中に祭り上げられるべきものではなかったのである。


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『受肉』
・ミシェル・アンリ:著
・中 敬夫:訳
・法政大学出版局
・2007年刊
・四六判552頁
・6,600円

 アンリの驚くべき点は1963年に発表した『現出の本質』におけるエックハルト理解を、晩年の著作、2000年発表の『受肉』(中敬夫訳、法政大学出版局、2007年)、2002年発表の『キリストの言葉』(武藤剛史訳、白水社、2012年)で一層徹底的に深めたことである。そこで〈キリスト教と哲学〉というテーマがさらに問い直される。以下に簡潔に述べたい。
 そもそもエックハルト自身が明確に述べているが「誕生」の理解は聖書・教父的源泉に遡る。この聖書・教父的源泉の存在は、教皇庁での審問で無視されただけでなく、その後、「三位一体の神」を否定した非キリスト教的な〈神秘主義者〉〈哲学者〉というエックハルト像を作り上げた近現代以降のほとんどのエックハルト研究でも無視されてきた。しかし、エックハルトが受け継いだ「誕生」の教説は、それこそ教父たちが正統教義の確立をめぐる熾烈な論争を通じて証ししたキリスト論、三位一体論の核心として磨き上げられたものであって、その教父たちの命懸けの真理の証しに対抗・挑戦し続けたのは、たんなる人間的理性の限界内にキリスト教の生み・生まれるいのちの真理を貶めようとする西洋哲学であった。アンリの『受肉』は、キリスト教とその成立当初から激しく反発したこの世の知恵たる哲学との根源的対立の最前線において、教父たちが生み・生まれるいのちの教えをいかに証しし、語り継いだかを鮮やかに描く。


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『キリストの言葉』
・ミシェル・アンリ:著
・武藤剛史:訳
・白水社
・2012年刊
・四六判250頁
・3,520円

 『現出の本質』においてエックハルトが「例外的思想家」と評されたが、そもそも、それは西洋哲学が自らの思惟にとって異質で理解できないものとして拒否・排斥してきた、生み・生まれる「誕生」というキリスト教の真理を、エックハルトが教父たちとともに語り継いできたからである。このことが『受肉』を通じて一層はっきり示される。しかし、この「誕生」の真理性は、生む父から生まれる子として、自ら自身によってそのいのちの真理を証ししたキリスト自身とそのキリストの言葉の真理性に根拠づけられる。この究極の真理問題を、アンリの最後の著作『キリストの言葉』は、聖書に記されたキリストの言葉を通じて究明し、さらに、キリストが何者であるのか、その言葉の意味するところは何であるのかを、西洋哲学が決して理解することができなかったことを示す。なぜならキリストを知る者、神の言葉を聴く者は、いのちの言葉によっていのちに生かされる者、神のいのちに生まれる者にほかならないからである。「言の内に命があった」にもかかわらず、この「〈いのち〉の言葉」、「〈いのち〉の自己啓示」を人間はなぜ自ら拒絶してきたのか(同139頁)。本書におけるアンリの問いかけは『現出の本質』以来のこの世の知恵たる西洋哲学に対する最終的・決定的批判を超えて、「〈いのちの真理〉」を憎悪し、敵意を抱くわれわれ人間の根源悪にも向けられている(同153頁)。

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