教会とキリスト教教育の現場にある方々を元気づける希望の書
〈評者〉岡田 仁
世界はいま、排他的な自国主義へと傾き、戦争と分断が広がり、核の脅威が地球規模の破局をもたらしかねない時代を迎えている。非暴力と共感力をもっていのちをはぐくむべき宗教は、その本来の力を十分に発揮できず、教会もまたその影響を免れているとは言いがたい。「いまとこれからを生きる学生たちにキリスト教の何を伝えるべきか」。新学期を前に思案していた時に、「この閉塞感を突破するのはキリスト教教育という希望だ」と語る本書と出合えたことは、評者にとってこの上ない喜びであり、深い慰めでもあった。 本書は、四十年以上にわたりキリスト教教育に携わってきた著者が、歴史的検証と現代の課題を踏まえつつ、「非暴力」と「子ども本位」を鍵語に、キリスト教教育の希望を再構築しようとする、小見神学の集大成である。 著者は、縮小傾向にある日本のキリスト教界においてこそ、教育が神の国をともに築くための重要な営みであると主張し、子どもたちの問いに寄り添うキリスト教教育の意義と重要性を提示する。
第一に、著者は現代の子どもたちが抱える「問い」(自己・死・神・倫理・信仰)に応答する宗教教育の必要性を強調する。また、子どもが弱者として扱われがちな社会状況のなかで、宗教教育は子どもに「絶対的な承認」と「愛」を伝える場であると位置づける。罪や恥を強調する教育が傷を生む現実にも触れ、非暴力的で受容的なキリスト教教育への転換が、いまこそ切実に求められている。
第二に、日曜学校の歴史とその影響を再検討することで、戦前の教案が伝道と道徳を重視し、時に国家主義や軍国主義に協力した事実が明らかにされ、戦後の制度改革や「日曜学校全廃論」などの議論も紹介されている。こうした検討を通して著者は、子どもを神の子として尊重し、礼拝と祈りを中心に据える新たな教会教育の方向性を示す。田村直臣の「こども本位のキリスト教教育論」は、制度改革を検証する上で重要な視座を与えてくれる。
第三に、著者は非暴力と平和を基盤とした教育の未来像を描く。宗教二世の苦悩や宗教的虐待の問題にふれつつ、支配や恐れではなく、イエスの子ども観に基づく温かい受容こそが教育の核心であると説く。さらに、物語・メディア・リクリエーションなど多様な方法を吟味しつつ、協力や創造性を育む実践を提案する。神の愛と平和を次世代に伝える教育こそ、二十一世紀の教会の使命であると結ぶ。こうした議論を象徴するかのように、著者は次のように語る。
「福音という原動力によってなされてきた日曜学校という流れの、最後のはしっこに今わたしたちはつながっています。この流れは今、世界のなかで途絶えてしまうかのように小さなせせらぎとなっています。けれどもそのせせらぎの出発点には、イエスさまが届けてくださった福音があるのです。キラキラと輝くこの『よい知らせ』をわたしたちの教育、保育が泉とするかぎり、この流れは途絶えることはありません」(五五頁)。
子どもの尊厳や人権を守るキリスト教教育は、神の愛の創造を回復するリ・クリエーション(再創造) の働きである。だからこそ、それは「みんなで神の国を」目指す私たちにとっての、揺るぎない「希望」なのだ。
日本キリスト教団出版局最後の刊行物にふさわしい内容の本書が、教会とキリスト教教育の現場にある人たちを励まし、元気づける本として、広く活用されることを信じてやまない。















