オリゲネス著/出村みや子訳 キリスト教教父著作集第10巻 オリゲネス5(津田謙治)

二─三世紀の護教論運動の頂点
〈評者〉津田謙治


キリスト教教父著作集 第10巻 オリゲネス5
ケルソス駁論Ⅲ

オリゲネス著
出村みや子訳
A5判・290頁・定価6490円・教文館
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 地中海各地に拡大するキリスト教に対し、異教の哲学者ケルソスは、この宗教の論駁を目的として一七〇年頃に『真正な教え』を著した。中期プラトン主義的な教養をもったケルソスは、哲学的思弁によってキリスト教の教説の非合理性を指摘するのみならず、作中にあるユダヤ人を登場させ、この人物にマリアを姦通者として語らせることでキリストの処女降誕を否定し、冒瀆的な議論を展開した。ケルソス没後の二四〇年代後半に、恐らくカエサリアでこの書の駁論を著したのがオリゲネスである。

 本書『オリゲネス5 ケルソス駁論Ⅲ』は、ギリシア語原著で全八巻ある『ケルソス駁論』のうち、第六巻から第八巻の翻訳を収録したものとなっている。尚、既に教文館から出版されている第一巻から第五巻まで(『ケルソス駁論Ⅰ』一九八七年、『ケルソス駁論Ⅱ』一九九七年)の翻訳と同様、訳者は出村みや子氏である。前巻の刊行から四半世紀を経て、古代の貴重な論争的著作が最後の巻まで日本語で読めるようになったことを、まずは大きな喜びとしたい。

 オリゲネスは聖書解釈や教義的な著作を数多く書いたとされるが、死後数百年を経て異端宣告を受けたため、限られた著作しか我々には残されていない。その中でも、初期の重要な著作『原理論』(『諸原理について』)などが各巻ごとにある程度明確な主題が据えられているのに対し、本書『ケルソス駁論』は各巻それぞれの議題は特に細分化されておらず、全巻を通じて統一的にケルソスの議論への反論が展開されている。しかし、ある程度の傾向性は指摘することは可能であり、例えば先に挙げた作中のあるユダヤ人に関する議論は『ケルソス駁論Ⅲ』の範囲ではあまり見られず、ここではケルソス自身の誤った聖書解釈や哲学的教説を彼の『真正な教え』をもとに吟味し、オリゲネスにとって適切と思われる解釈が反証として取り上げられている。具体的には、神が創造の七日目に仕事から離れたことを、ケルソスは下手な職人が疲れ切るように神が休みを必要としたと解するのに対し、オリゲネスは六日間働いたすべての人々が神と共に祝うことを主眼として提示している(六・六一)。また、ケルソスが「神はどうして悪しきものを創造するのか」と述べたのに対し、オリゲネスは言葉の本来的な意味での悪を神は創造しておらず、また便宜的に悪と呼ばれる物体的な悪については、神はこれらを通じて人々を回心に導くと説明する(六・五五─七)。尚、ケルソスの批判を取り上げる際に、プラトン主義やストア主義の考え方が頻繁に参照されており、オリゲネスはそれを一方的に切り捨てるのではなく、こうした教説に従って哲学的思考をしていると公言する者が「神を知りながら・・・・・感謝することもせず、かえってむなしい思いにふけり、心が鈍くなった」と指摘している(七・四七)。

 本書の訳文は、多種多様な諸哲学などの複雑な議論が含まれているにもかかわらず、既刊の部分も含めて読みやすく、ケッチャウの註釈やチャドウィックの英訳、ボレーの希仏対訳など複数の資料からいずれかに偏ることなく訳注が付けられている。オリゲネスの思想は、特に四世紀以降の教理史を辿るにあたって不可欠かつ重要なものであり、本書が広く読まれることを願うものである。

書き手
津田謙治

つだ・けんじ=京都大学大学院教授

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