おとなの心を自らの子ども時代に向かわせる
〈評者〉笹森田鶴
子ども、本、祈り
斎藤惇夫著
四六判・276頁・定価1650円・教文館
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著者はあの「ガンバの冒険」シリーズの児童文学者であり、福音館書店の編集者でもあった方だ。けれども子どもたちは、物語は知っていても「斎藤惇夫」という名を知らない。そのような子どもたちの世界に喜寿を目前に飛び込み、一瞬一瞬の出来事の積み重ねがつなぐ子どもたちの世界にいることを幸せだと著者は思っている。そして時に子どもたちから「園長」と呼び捨てにされることを楽しみ、子どもたちも毎日一緒に本気で遊んでいる眼の前のおとなへ親しみと平等性をもって接している。
浦和諸聖徒教会を母体とする麗和幼稚園での日々の出来事や保護者向けの文書による、Ⅰ章「子どもたちの息吹に触れながら」から本書は始まる。おとなになって忘れてしまっていることの発見に心動かされ、うっかり子どもと張り合ってしまう。子どもたちと「遊んで、遊んで、遊んで、遊び死ななかったのが不思議なぐらい」に過ごしたいと願い、子どもたちに騙されたりうろたえたりしながら、子どもたちの心の中の出来事に近づき、わずかでも触れることを喜びとする様子が描かれている。
Ⅱ章「今日の祈り」ではⅠ章でのそのような出会いの中で紡がれた祈りが柱となっており、Ⅰ章からの祈りの続編やまとめにも思える。物語を通して子どもたちの心や体が開放される世界こそが神の世界だと確信し、子どもたちが絵本の世界と現実の世界の両方を生きていくことを望み、そのためにずっと昔から祈り続けていた情熱が伝わってくる。著者にとって子どもたちの息吹は神の息吹なのだ。
後半のⅢ章、Ⅳ章では園長就任以前に書かれた文書が集められており、読み進めていくと時代を遡っていく。本書の世界観が前半にあり、後半の部分はその世界観に辿り着くためのプロセスを読者が追う構成になっている。
Ⅲ章「愛書探訪」では、子どもたちの世界が時間と空間を越えて昔話や神話や物語によって広がっていくための絵本や物語についての解説や紹介がなされる。Ⅳ章「子どもたちを本の世界に導くために」では、タイトル通りに子どもたちを本好きにするためのおとなの心構えやおとながするべきことを指南する。まっすぐに明快に、それぞれの物語の深淵を、また物語の出来事や情景や心情におとなが心震わせることによって、子どもに読み聞かせることの意味や内実が伴うことを熱っぽく伝えてくれる。人生における喜びや楽しみと同様に苦痛や別れの悲しみが大きいことを考えると、子どもたちが安心して物語の旅に出かけるためには親しいおとなたちの介添が重要であるとも励ます。
本書は自然とおとなの読者の心を自らの子ども時代に向かわせる。一つ一つの園での出来事に心揺さぶられ、泣いたり笑ったりしながら読み進めてしまう。いつもは思い出しもしない子どもの頃のきらきらしたかけがえのない一瞬が、どれほど愛と調和と冒険に満ちた絶対的なすばらしい世界であり、今の自分を支えているかを思い出させるのだ。そして子どもの心にとって大事なものは、すべての人間の心にとって大事であることを教えてくれる。もう一度本書に取り上げられた物語に自ら触れたいという衝動を起こさせる。今のこの時代にこそ読むべき一冊である。
絵本の絵が物語を補完し、また原風景へと誘い、静謐、高雅、清廉を伝えると著者は言う。描き下ろしの出久根育さんのカバー画と挿画もこの本のすばらしさに加えられる。
笹森田鶴
ささもり・たづ=日本聖公会北海道教区主教