日本に奉仕した宣教師たちの伝道活動に関する貴重な記録
〈評者〉松本郁子
カナダ合同教会 日本での百年
カナダ・メソジストの歩み
[明治・大正編]
グウェン・R・P・ノルマン著
後藤哲夫訳
A5判・500頁・定価4950円・教文館
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本書は一九八一年にカナダ合同教会から出版された One Hundred Years in Japan 1873-1973の翻訳書である。原書はタイプ打ちの仮製本で頒布され、おそらく限られた範囲でのみ流通し、広く一般に読まれる機会がなかった。このたび山梨英和中学校・高等学校の元英語教諭後藤哲夫氏のご尽力により日本語訳での刊行となった。カナダ・メソジスト教会の日本伝道を詳細に記録した貴重な書である。
今回訳出されたのはグウェン・ノルマン執筆のPart1にあたる一八七三年から一九二三年までである。Part2にあたる 一九二三年から一九七三年までは、グウェンの夫であるハワード・ノルマンが執筆している。ハワード・ノルマンは軽井沢生まれ、父は「長野のノルマン」と呼ばれ、おもに信州伝道に携わったカナダ人宣教師ダニエル・ノルマンである。ハワードもグウェンも共にカナダで歴史学を学び、戦前と戦後に日本各地で伝道活動に従事し、カナダ合同教会本部にも勤務した、日本とカナダ両サイドの事情に精通した人物たちである。
一八七三年に日本で切支丹禁制の高札が撤去されたため、カナダのメソジスト教会は男性宣教師カックランとマクドナルドを日本に派遣し、海外伝道を開始する。一八八二年には婦人宣教師カートメルも来日し、男性ミッションと婦人ミッションによる活動が展開されていく。カナダ・メソジストの宣教地はおもに中部地方であり、都市から離れた地方、僻地、農村にも伝道し、サーキットシステム(巡回方式)により活動した。教会を中心に、教育事業(東洋英和・静岡英和・山梨英和女学校の創設や関西学院の運営への参画、幼稚園の創設等)と社会事業(女性や子どもなど社会的弱者のための福祉・矯風運動など)とを車の両輪として、地域に広く伝道を展開した。本書を読むことで、そうしたカナダ・メソジストの特徴が理解されるだろう。
さらに、本書では随所で一九世紀的な宣教事業の在り方が批判されている。カナダ合同教会では一九六〇年代に宣教事業・宣教概念の再考が促され、異文化への無理解、回心の強要、白人中心主義といった過去の宣教姿勢は否定されていった。一九八〇年代に本書を執筆したノルマン夫妻の論点も、手放しの伝道活動の礼讃から距離を置いている。男性宣教師による婦人宣教師への抑圧と紛糾に見るジェンダーの問題、戦前の日本の植民地支配に無自覚だった在日宣教師の歴史認識の問題等への言及にも留意したい。
しかし、本書を通読して感銘を受けるのは、巻頭で塩入隆氏が語られているように、二代にわたり日本での伝道活動に生涯を捧げた「ノルマン家の思い」であり、原書が仮製本のままの出版となった事情である。執筆者ハワードの弟で、外交官、歴史家であったハーバート・ノルマンはスパイ容疑をかけられ一九五七年に自殺、カナダ国内でその嫌疑が晴れぬ当時、ノルマン夫妻の著作の正式な刊行は難しかったという。そうした苦節を経て少数部数が日本に渡り、約四〇年の時を隔てて本書が刊行されたのだった。
日本の近代化の過程で、置き去りにされていた地域に赴き、見捨てられていた社会的課題や弱者に寄り添い、隣人として日本に奉仕したカナダの宣教師の歴史を心に留めておきたい。後半Part2の内容は目次のみ巻末で紹介されている。続編の訳出が俟たれる。
松本郁子
まつもと・いくこ=東洋英和女学院史料室