
わたしが紹介するまでもないと思うが、カトリック教会の歴史において聖書の次に多く読まれた本、数知れぬほどのキリスト教徒を導き、精神の根底から働きかけて教会の歴史を変えた本、それが『キリストにならいて』だ。
わたしが所属するイエズス会の創立メンバー、イグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらが交わした書簡を読んでいると、ときどき、「ジルソンの何番」という言葉に出くわす。当時、『キリストにならないて』はジルソンという人物が書いたものだと思われており、「ジルソンの何番」というのは、
『キリストにならいて』の何章何節を指している。それだけ言えばどんな内容であるかが分かるくらい、つまり、全ページを暗唱することができるくらい、彼らは『キリストにならいて』を読み込んでいたのだ。これはイエズス会員だけに限らず、近年ではマザー・テレサも同じだった。
『キリストにならいて』はトマス・ア・ケンピスという、一生のほとんどを修道院の中で過ごした一修道者によって書かれたものだが、イエズス会員たちだけでなく数知れないキリスト教徒たちの中で内面化され、彼らを通して歴史を変えていった。キリスト教霊性史において、これほどまでに影響力を持った本は稀有と言ってよいだろう。
わたし自身も折にふれて読み返し、修道者としての自分、キリスト教徒としての自分を取り戻すための糧としている。この本に書かれている内容のすべては、ケンピスの修道生活の体験に基づくもので、実生活の役に立つことしか書いていない。キリスト教徒でなくても、この本を読めば、人間として生きていくことの原点に立ち返る体験ができるだろう。「自分を万人の下に置こうとて、それには何の害もない。だが、自分をたとえ一人の上にでも置くなら、大変な害を受けよう」( 大沢章・呉茂一訳、岩波文庫)、この本の中でわたしが最も大切にしている言葉だ。
(かたやなぎ・ひろし=イエズス会司祭)

















