中心にいる神
〈評者〉大石周平
本書は、「カルヴァンの詩編注解というパレットの色彩」(クロースターマン)を豊かに用いて、その「神-学」(theo-logie)の全体像を描いた作品です。オランダ・アペルドールン神学大学のセルダーハウス教授には著作が多くありますが、中でも代表的な書として、学会・教会の枠組みをこえて読まれてきました。オランダ語原著出版から20年を経ての邦訳です。アペルドールンで学んだ石原牧師の正確な訳文から、原文の明瞭な文体が透けて見えるとともに、言葉に真摯に向き合う訳者の誠実な人柄も窺えます。
『中心にいる神─カルヴァンの詩編の神学』という原題に表されるとおり、本書を構成する全四部、なかでもページ総数の八割を占める第三部の内容は、ただ神に集中しています─第三部全10章の見出しは、三位一体の神、創造主なる神、摂理の神、語る神、王なる神、審判者なる神、隠れたる神、聖なる神、契約の神、そして父なる神です─。著者によれば、「カルヴァンにおいては……神論としての神学が中心にあるという命題」(14頁)が一貫しています。
一方、『綱要』冒頭にあるとおり、神認識が自己認識と表裏一体であることが、その神学を語る上では大切です。1557年夏、注解序文を執筆した円熟期のカルヴァンは、珍しくも人生を回顧し、さまようダビデと自らを重ねながら、詩編を「魂のあらゆる部分の解剖図」に喩えました。詩編が剥き出しにした痛みや苦しみ、不安や混乱など、「人間の内面を揺さぶるすべての感覚」(32頁)は、「高い乳児死亡率、ペスト、信仰者への迫害」(409頁)の時代を生きた人間カルヴァンのものでもあったからです。
本書の際立つ点は、亡命者カルヴァンの霊性に関わる伝記的側面を割引なく見つめるところにもあります。たしかに、注解書自体に語らせる本書では、『綱要』諸版も他の注解書も論文も、手紙も祈りも詩編歌も脇に置かれるため、彼の人生のどの体験が視座を与えたか、誰との対話が背景にあるか等、厳密な意味での史的研究は展開されません。評者ポール・ヘルムが、最も影響を与えたアウグスティヌスの言及が少ないと指摘しましたが、教父の影響も、他の改革者や敵対者との対話と緊張の背景も追求しないのは、カルヴァンの声を読者にまっすぐ伝えようとの配慮の結果でしょう。ルターとの関係については、例外的にエキュメニカルな関心に応え、詩編理解の深い一致が指摘されます(404頁で「ルターの弟子」と誇張するほどに!)。史的には、詩編注解序文執筆時にこそルター陣営との緊張が高まるのですが、本書は、本質的に同じ神の御前にあり、同じ詩編に慰めと力を得た「敬虔な者の一致」に目を向けるよう促します。
カルヴァンの注解は、常に牧会的な性格を持ちますが、本書もそれを反映し、災禍の時代を生きる私たちを御前に立つ者として慰め励ましつつ、詩編を口ずさんで「神を神とせよ」(ルター)と語りかけます。
カルヴァンの詩編の神学
H・J・セルダーハウス著
石原知弘訳
A5判・416頁・定価5060円・教文館
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大石周平
おおいし・しゅうへい=日本キリスト教会多摩地域教会牧師/青山学院大学非常勤講師
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