ライトのパウロ理解の入門書
〈評者〉鎌野直人
N・T・ライトはパウロ書簡の研究でオックスフォード大学から博士号を授与されて以来、半世紀近くに渡ってパウロに関する論文や著書を出版してきている。二〇一三年にはPaul and the Faithfulness of God(「パウロと神の真実」未邦訳)という二千頁を越える研究書を出版した。『新しいパウロ』は、上記の書を八年さかのぼる二〇〇五年に出版されたPaul: A Fresh Perspective(直訳では「パウロ:新鮮な観点」)の全訳である。読み比べると、一般を対象に書かれた本書の議論が後の大著の骨格となっていることがわかる。つまり、本書は、ライトのパウロ理解の入門書なのだ。
ライトのパウロ理解の骨格を簡潔に紹介しよう。
まず、パウロはユダヤ教、ヘレニズムの文化、ローマ帝国という三つの世界を生きている。これらに加えて、パウロは、四つ目の世界、エクレーシア(教会)と呼ばれる神の民に属している。この民は、ユダヤ人と異邦人からなる、メシアの一族、まことのアブラハムの家族であって、上記の三つの世界と重なりつつも、ユニークな存在である。
次に、パウロはイスラエルの聖書が綴っている創造と契約という二つのテーマを統合して考えている。被造物の問題の解決のために契約は存在し、契約内部の問題を解決するために創造が呼び起こされる。そして、ユダヤ教のストーリーもまたこの二つのテーマを統合しており、パウロはその枠組み中でイエスを理解している。
三つ目に、パウロはイエスがイスラエルのメシアであり、イエスを通してイスラエルに対して神が行おうとしたことを成就したと考える。契約に基づく神の契約がどのように成し遂げられるかは、かつては隠されていた。しかし、いまやイエスを通してそれが、明らかにされた。
以上の特徴を踏まえた上で、パウロは第二神殿期ユダヤ教の主要な主題である唯一神信仰、選び、終末論を、メシアと聖霊によって再解釈した、つまりイスラエルの聖書を読み直したのだ。ライトはこれを「新鮮な(fresh)」観点でのパウロ神学理解であると呼んでいる。NPP(パウロについての「新しい」観点)はもはや新しくはない。さらに、ライトは、パウロがこの神学に立って彼が住む先述の三つの世界と批判的に向かい合っていたと考えている。リチャード・ヘイズの間テキスト性の研究をベースに、パウロのローマ帝国との対峙を読み取っている第4章(「福音と帝国」)は現代的示唆に富む。
時間がかかったとはいえ、日本においてもパウロに関する近年の議論が一般読者も読める形で紹介されるのは素晴らしいことである。ただし、本章で提案され、後の大著で展開されたライトのパウロ理解は研究者の間でも議論が続いている。たとえば、近日中に邦訳が出版されるジョン・バークレーの視点からの批判は傾聴に値するだろう。
前川氏は、エペソ人への手紙のギリシア語のようなライトの英文(流暢でありすぎて翻訳者泣かせ)を平易な日本語に訳出している。その労に心から感謝する。訳注も追加されている。なお、48頁の訳注2で「プリムの祭り」を「神殿奉献祈年祭」(ハヌカ)と混同してしまったのは愛嬌というべきか。

















