大宮有博著 アメリカ・キリスト教入門(藤本満)

知っているべき、でも知らなかった
─大きな流れ・決定的な出来事・隠れた事情
〈評者〉藤本 満


アメリカ・キリスト教入門
大宮有博著
A5判・294頁・定価2860円・キリスト新聞社
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 アメリカがキリスト教国であることを知らない人はいないであろう。しかし、それがヨーロッパのキリスト教とどのように異なる発展を遂げてきたのか、その建国の精神、領土の拡大、移民文化、富の蓄積、教育、格差社会、政治、戦争、映画を含めた文化に至るまでキリスト教の影響力を把握することは、一般の私たちには困難である。一つの国でありながら、各州に法制度があり、リベラルと保守が過激なまでに対立する。それぞれがキリスト教的根拠を持っている。そのキリスト教が多種多様であるので、私たちは容易に理解できるものではない。近年で言えば、トランプ前大統領の背後にいた「白人福音派」とはどのようなグループなのか。トランプ陣営はどのように彼らの票を巧みに取り込んだのか。そんなことまで本書は教えてくれる。

 著者は二〇〇六年に『アメリカのキリスト教がわかる』を出版されているが、その後の時代で起こったことを、さらに深まる専門的な視点から、総括的・具体的な情報の詰まった「入門書」を新著として発行されたことは、大きな貢献である。英語に翻訳してアメリカでも読んでいただきたいくらい、コンパクトで豊かな魅力がある。いくつかの特徴をあげて、書評としたい。
 一、魅力ある教師が、学生の好奇心を駆り立て、大きな流れを理解させ、決定的な出来事を解説し、詳細に人物や課題を取り上げ、自由自在に、そして一気に講義を展開していく様子がわかる。著者は南山大学、名古屋学院大学、愛知教育大学、そして今は関西学院大学で教えている。学生を刺激し、共に考え、対話するという著者の教師としての姿勢がなかったら、このような味わい深い入門書が生まれるわけがない。
 二、福音派の歴史に丁寧。アメリカの教会史で、時として福音派は感情的・大衆的なグループとして敬遠されてきた傾向がある。しかし本書は、一八世紀第一次大覚醒の中心にいたエドワーズだけでなく、入植地を果敢に巡回し大覚醒の霊的温度を高めたジョージ・ホイットフィールドを取り上げている。南北戦争以前は、女性の人権と働き、奴隷解放といった社会問題にボイスを発していた福音派であるが、その後、魂の救いに焦点を合わせ、社会悪との格闘から遠のいてしまう。そこに福音派対社会派の構図が生まれていく。さらに二〇世紀に入って進化論や聖書の批評学に「反対する」ことによって自分たちの信仰を守ろうという姿勢が、六〇年代からの保守とリベラルの文化戦争(妊娠中絶、同性婚、公立学校における宗教教育、銃規制、移民政策)に現れる。しかし、著者はフラー神学校の設立など穏健福音派の評価も忘れない。
 三、十二章ある各章は、興味深いテーマを独立して掘り下げる。第四章はアフリカンアメリカンの教会と文化。第六章は「選ばれた民」アメリカが「神からの使命」と称して、大陸の西へ南へ領土を広げ、先住民、アラスカ、海外宣教へと乗り出していく、今も変わらぬアメリカの姿。第九章は二つの世界大戦とその中にあって平和を掲げる勇者たち。歴史を扱うので固有名詞の多さは避けられない。しかし、一章一章が時代を捕らえ、今日につながる物語として記されている。
 本書の意義と評者が考える言葉を引用して評を閉じる。七〇年代後半から、LGBTQ+を精神疾患とみなし、キリストの力によって転換できると、「ほぼ拷問」に近い治療が始まった。それを強く推進した団体の名前は、なんと「エクソダス・インターナショナル」である。二〇一三年に、この団体は無知を認め、被害者に謝罪し、活動を停止したそうだ。しかし、依然として反対者は存在している。「現在におけるLGBTQ+に対する差別と暴力の原因は、宗教か無知しかないと言える状況である。そしてその無知も宗教によるのだ─アメリカという国を見ているとそう言わざるを得なくはならないだろうか」(本書、237頁)。「無知」が差別や支配を生み出してきたことは歴史を見たらわかる。そして、その無知を作り出すのが「宗教」でもある。この現実に目を向けると、本書の意義は輝きを増す。

書き手
藤本満

ふじもと・みつる= インマヌエル高津教会牧師

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