長年の調査にもとづいた日本讃美歌史研究の集大成
〈評者〉金澤正剛
明治維新に入ってキリスト教禁制が解かれた時点で、典礼、聖歌ともラテン語を用いていたカトリック教会とは異なり、プロテスタント教会の布教活動で切実な問題となったことのひとつに、日本語の讃美歌を用意することがあった。その際新たに日本語による讃美歌を作詞作曲するよりも手っ取り早い方法として、既存の欧米の讃美歌に日本語の歌詞をつけて歌うという方法がとられたのはごく当然の成り行きであったと言えよう。そのような運動に中心的役割を果たしたのが、イギリスやアメリカからやって来た宣教師たちであった。実はかれら宣教師たちはすでに幕末に、1859年の開港と共に来日し、活動を始めていた。一方日本人の中にも讃美歌の翻訳を手がけたものが現れたが、その中には勝海舟、島崎藤村、樋口一葉など、思いがけない人たちも含まれる。そのように興味深い歴史を、過去の研究を踏まえた上でまとめ上げたのが、本書の前半に当たる第一部「明治と讃美歌」である。さらに第二部は、第一部の補足ともいえる十一の小論文から成り、合わせて約半世紀にわたる日本における讃美歌の初期の歴史を、実例を示しながら生き生きと描いている。
著者手代木俊一は図書館員として神戸女学院、津田塾を経て、1980─98年までの18年間フェリス女学院に奉職し、その間キリスト教音楽に関する資料を収集、調査し、特に讃美歌の研究を進めるようになった。86年「ジョージ・オルチン師の『日本における讃美歌』(全訳)」を『フェリス論叢』№23に発表したのを皮切りに、論文、著作、さらには研究発表などを行い、その功績が認められて偕成会の学術交付金を得て、92年から一年間をボストンで過ごし、その結果をまとめて『讃美歌・聖歌と日本の近代』(音楽之友社、1999年)を出版したところ、それが高く評価され2000年度学術奨励賞、さらには2001年度辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励賞を受賞した。また2007─13年にかけて明治学院大学歴史資料館の研究調査員を勤め、その結果をまとめた論文によって2014年に同大学から博士号を贈与されている。今回の著書の第一部は、そのような長年の調査・研究にもとづいた集大成とも呼べるもので、本文156頁に60頁の注が付くが、その注がまた充実したもので、極めて読み応えがある。
改めて第一部の内容を見てみよう。勝海舟がオランダ語から詩篇を訳したことをもとに、海舟のキリスト教に対する心理的動きが描かれる。続いてバプテスト教会のゴーブル、初代日本聖公会主教ウィリアムズ、コングリゲイショナル派のオルチンら宣教師たちの活躍、音楽教育家メーソンと日本宣教、植村正久の讃美歌論、そし最後は島崎藤村、樋口一葉とキリスト教という興味深い内容が続く。
第二部は十一の小論文を三つにわけて、「人物と讃美歌」と題された一つ目は明治学院ゆかりの四人に関してで、松本幹(つよし)と永田曄(あきら)の英語論文の全訳と、鳥居忠五郎と安部正義に関する小論。二つ目は「ジョージ・オルチン小論」と題して、松本幹との関係と神戸女学院の音楽部創設をめぐる話題。三つ目の「讃美歌小史」は四つの短い話題を含むが、なかでも「琉球語讃美歌史」は琉球王国時代にさかのぼり、数多くの情報を含む内容で、実に興味深い。
日本における讃美歌
Hymnology in Japan
手代木俊一著
A5判・506頁・7150円(税込)・日本キリスト教団出版局
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金澤正剛
かなざわ・まさかた=国際基督教大学名誉教授