バランスの取れた評伝
〈評者〉大宮有博
二〇世紀の世界宗教史の教科書があるとすれば、「ビリー・グラハム」という人物名が出てこないはずがない。というのも、彼こそが「福音派」そのものを体現する存在だからである。そのビリー・グラハムの本格的評伝が、ようやく日本語で読めるようになった。
彼はアメリカの大都市のみならず、冷戦下の西側諸国を飛び回り、ホールやスタジアムに大人数の聴衆を集めて伝道集会を行った。彼のメッセージに触れてボーン・アゲインしたキリスト者は世界中に数多くいる。
また本書では「モデスト・マニフェスト」にも言及されている。これは、金銭の悪用、性的に不道徳な振る舞い、他の聖職者との非協力、人数の誇張といった行為を避けるというものである。多くのテレビ伝道師やメガチャーチの牧師がスキャンダルで信徒を失望させることがあっても、ビリー・グラハムだけがそうしたスキャンダルと無縁であった理由は、まさにこの原則にある。
ビリーは政界にも大きな影響を及ぼした。アイゼンハワー、ジョンソン、ニクソン、レーガン、ブッシュ親子といった歴代大統領と親しく交わり、多くの重要な助言を行った。また、大統領選挙になると、どの候補者もビリーと握手をしている写真を撮らせてもらおうと躍起になった。とはいえ、彼の政治的立場はバランスが取れている(悪く言えば日和見主義的)。誰かを批判をするときも相手をこき下ろすのではなく、敬意を払いつつ悔い改めを求めるものであった。その点は、ぜひ息子さんにも見習っていただきたいところである。
本書の特徴 本書の最大の特徴は、田舎の青年から世界的な伝道者となったビリー・グラハムの人生を、五一もの「シナリオ(場面)」に分けて描いている点である。通常の伝記であれば、人生の出来事を時系列に並べ、細部に踏み込んで叙述するものだが、本書では人生の印象的なエピソードを切り取り、それぞれを独立した物語として提示している。これは、シーンを細かく分けて観客をスクリーンに惹きつける最近の映画の手法に似ている。この構成によって、読者はビリー・グラハムの九九年に及ぶ人生を最後まで追体験することができる。
もう一つの特徴は、叙述が贔屓の引き倒しに陥ることなく、かといって批判一色でもないという点である。
人種問題に対するグラハムの対応についての叙述は、その好例である。ビリー・グラハムは人種差別に反対の立場を表明していたが、同時に南部の白人の支持を失うことを恐れ、公民権運動に対して明確な立場表明を避けた。また、南部での伝道集会において、白人とアフリカ系アメリカ人を同じ席に座らせるかどうかについても、態度が何度も揺れ動いた。著者は、このようなビリーの日和見的な姿勢を指摘しつつも、当時の社会状況を踏まえ、彼の揺れを理解しようと努めている。
このようなバランスの取れた叙述のおかげで、福音派からリベラル派まで、幅広い読者に安心してお勧めすることができる。
著者・訳者について 著者グラント・ワッカーは、ノースカロライナ大学やデューク大学神学部でアメリカ宗教史を教えてきた研究者である。とりわけ福音派やペンテコステ派研究の領域では一級の研究者と言ってよい。また、ビリーが頭角を現した時期に青春時代を過ごした世代でもあり、彼のリバイバルの評判をタイムリーかつダイレクトに耳にしてきたはずである。ワッカーは本書に先立ち、American’s Pastor: Billy Graham and the Shaping of aNation(2014)を上梓しており、こちらは研究者向けの学術書である。また、ビリーに関する総合研究書BillyGraham: American Pilgrim(2017)の編集者の一人でもある。これらのことからも、ワッカーこそが公平な立場からビリーの評伝を著すことのできる数少ない研究者の一人であることがわかる。
翻訳者のお一人である相川裕亮は、二〇二二年に『ビリー・グラハムと「神の下の国家」アメリカ』を上梓した政治思想史の研究者である。こちらも、本書とあわせて皆さんにお薦めしたい。















