
神学生だった頃、釜ヶ崎でのボランティアに明け暮れていた私の心に、忘れがたい一冊があります。神田健次先生が紹介してくださった、文東煥著『人間解放とキリスト教教育』です。
その後、水俣でのフィールドワーク、佐世保の教会、富坂キリスト教センターでの働きを経て、いまは大学でキリスト教科目を担当しています。いくつかの現場で、人が尊厳を奪われていく「非人間化」の現実にふれてきた者として、若き日に本書と出会えたことを、あらためて感謝しています。
韓国の軍事独裁政権下で社会的不正義のただ中で生き、人間が人間として生きることの難しさを身をもって経験した著者は、人間を解放へと導く教育こそがキリスト教教育の中心であると語ります。主イエスは、人を悪の力から解き放つ“解放の主”であり、人が自由な存在として生きられるよう目覚めさせる“解放の教育者”でもある。ゆえに、近代化の中で周縁へ追いやられた一人ひとりの人間を、福音の光のもとで再び立ち上がらせることこそ、教育の大切な使命だと強調します。
「いつの時代であっても、教育とはその時代の“非”を指摘しつつ、新しい可能性をもつ明日を招来しうる創造的参与者を育てねばならない。」(文東煥)
キリスト教教育とは、知識を伝えるだけではなく、人が神の歴史に参与する主体として立ち上がることを支え、共に学び、対話し、連帯していく営みです。いまの日本に求められているのは、沖縄・奄美を含むアジアの文脈の中で、平和と和解へと向かう「悔い改めの教育」であり、人間とすべての被造物の解放を目指す教育ではないでしょうか。
学生たちには、良き師や友、そして人生を照らす書物と出会いながら、自分自身の歩みを形成してほしいと願っています。
(おかだ・ひとし=明治学院大学教員・日本基督教団牧師)














