聖書の深い理解をもたらし、読者の視界を開く必読の書
〈評者〉筒井信行
さまざまな場で熱心に聖書を学ぶ方々にお会いします。主日礼拝や聖書研究会はもちろん、講演会や講義にも通い続ける姿に、いつも頭が下がる思いがします。そうした「もっと深く聖書を味わい、学びたい」と願う人にとって、本書はまさに必読の書です。
神学部に在籍していた頃、私は著者である嶺重淑教授の新約聖書学の講義を数多く受講しました。講義は分かりやすく、レジュメも整理され、分からないまま終わることがありませんでした。学生からの「突飛な質問やコメント」にも先生は笑顔で応答し、時に鋭く問い返すこともありました。分かりやすさや楽しさ、明るさの中にも程良い緊張感もあり、九〇分があっという間に過ぎ去る感覚でした。
その講義のエッセンスが、本書『今さら聞けない!? キリスト教――新約聖書の祈りと倫理編』にも反映されています。「祈りと倫理編」とありますが、開いてみると第一部は「愛する」。日本語では「愛」と一語に訳されますが、ギリシア語には様々な愛(アガペー、エロス、フィリア、ストルゲー等)が存在します。著者は新約聖書に特有のアガペーの愛の特質を、A・ニーグレンの理解に基づき、エロスの愛との比較から説明しています。それによるとエロスとは「価値を求め、自己を充足させるが上昇的な愛」であり、アガペーとは「価値とは無関係に他者へ与える下降的な愛」であり、アガペーとエロスは対照的愛であることが分かってきます。
このように本書では、豊富な参考文献や諸説を引用してギリシア語の語彙やテクストを解説します。また、図や表が随所に配置され、脚注が本文と同じページに収められているのでスムーズに読書が進みます。様々な学説を紹介しながら議論が進むため、自然と視野が広がっていきます。諸説を挙げつつ反論も示され、読み進めるにつれて理解や知識が深まり、読者の視界は開けていくことでしょう。
本書の構成は、第一部でイエス、ルカ、パウロ、ヨハネの四者の「愛理解」が、第二部では同じく四者の「祈り理解」に加え、マタイ版、ルカ版の「主の祈り」を比較しつつマタイ版の「主の祈り」が解説されています。内容を学んで理解した上で、今後も「主の祈り」を祈ってまいりたいものです。第三部ではイエス、パウロ、ルカ、ヤコブ書の富理解や財産倫理が同じく丁寧に解説されています。このように、同じ聖書の中の「愛」や「祈り」「富」でありながらも、イエスや各書の著者によって共通点と相違点があることが明らかにされていきます。複眼で書かれた多様な理解が並存するからこそ、聖書の持つ豊かさに読者は気づかされていくことでしょう。
イエスの教えの中に「敵をも愛せよ」との有名な教えがあります。著者はこの御言葉を丁寧に解説し、トルストイ、ガンディー、マーティン・ルーサー・キングといった歴史上の人物がどのように受容してきたのかも紹介します。その上で著者の見解をも示しています。ウクライナやガザ地区等で、今この瞬間にも血が流されている現実を前に、「では、あなたはどのように生きるのか?」との問いの前に私達は立たされます。その問いに答えるためにも本書を羅針盤として、多くの人に熟読していただきたいと願います。













