教会共同体の信仰の核心を再確認するための情熱的な思索
〈評者〉阿部仲麻呂
一九二八年スイス生まれのハンス・キュンクはローマ・カトリック教会の神学者として第二バチカン公会議(一九六二─六五年)の際に教義神学上の様々な参考意見を述べ、活躍した。その後はドイツの諸大学で長らく神学の教鞭を執ると同時に哲学の分野でも新たな地球倫理の構想を提案するとともに『ユダヤ教』・『キリスト教』・『イスラム教』という三大信仰体系の総括的な三部作を完成させた。さらに中国や日本を始めとする東アジア圏域の諸思想や諸宗教の研究も手がけ、親日家である。キュンクは数多くの優秀な研究者を育てるとともに市民講座などでも市井の教養人を励ます鷹揚なる人格者として人気を博した。人類愛をにじませるキュンクは幅広く開かれた地球全体規模の思想家として後世に名を残すことだろう。
本書はキリスト教の本質としてのイエス・キリストの活動がいかにして地球全体に拡大して諸地域の人びとによって受け継がれてきたのかをまとめているので、おのずと福音宣教の軌跡の歴史学的な解釈となっている。その際、キュンクは科学哲学者トマス・クーンのパラダイム論(自然科学的な法則の発見による世界認識の仕方の変遷を扱う際の各枠組みの進展を描く理論)を援用しており、教会の組織体制の時代ごとの枠組みを六つに区分した。一世紀を扱う第一の枠組みは「原始キリスト教的−黙示的パラダイム」であり、二世紀から七世紀を扱う第二の枠組みは「古代教会的−ヘレニズム的パラダイム」、十一世紀から十五世紀を扱う第三の枠組みは「中世的−ローマ・カトリック的パラダイム」、十六世紀を扱う第四の枠組みは「宗教改革的−プロテスタント的パラダイム」、十七世紀から十九世紀を扱う第五の枠組みは「啓蒙主義的−近代的パラダイム」、二十世紀以降の第六の枠組みは「同時代的−エキュメニズム的パラダイム(ポストモダン)」とされている。キュンクは教会制度が各時代の政治や経済や文化などの社会状況との折衝を経て形を成す様子にもとづいて六つの段階を編み出した。ということは、彼は教会論の視点で歴史状況を区分したことが明らかである。その昔、若きキュンクがドイツ学術界に登場したときの最初の関心は「教会とは何か」だったが、その問題設定は奇しくも円熟期の思索においても連続しており、重厚で浩瀚な思想体系の土台となった。
こうして、キュンクが若い頃から研究上の核心を正鵠に射抜いて理解し尽くしていたことが、今にして証明されたことになる。まさに天性の学者だ。
キリストを信じる者の共同体としての一世紀の教会は歴史上特異な新しさを備えていたが、その尊い礎は六つの枠組みを経た今日においても変質することなく有効であることを本書が明確にあかししている点が最も秀逸な成果となっている。キリストは今日も活きており、私たちを丁寧に大切に遇してくれる、という核心をキリスト者の教会共同体こそが実感しており、いのちがけで伝達しようとしてもがいている点に歴史上の価値が見出せる。この、いのちがけで信頼出来る相手と出会うという仕儀こそは、キリスト教の本質であり、そのことを各時代ごとに新鮮に再確認しようと努めたキリスト者の苦闘が六つの枠組みの生成につながった。
キリスト者にとっては自己理解のため、他の者にとっては必死に生きる人間の営みの迫力を得て人生と真摯に取り組む指南を得るため、本書は有用である。相手にいのちを捧げ尽くして、ともに生きんとするキリストの愛情深き悲願を受け継いだからこそ、キュンクは今日もまた思索を続行させる。その情熱に賛同し、心からの敬意を表そう。
キリスト教本質と歴史
H・キュンク著
福田誠二訳
A5判・1250頁・定価9680円(税込)・教文館
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阿部仲麻呂
あべ・なかまろ=東京カトリック神学院教授
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