N・T・ライト著/大宮 謙訳 N・T・ライト新約聖書講解 すべての人のためのマタイ福音書1 1─15章(大島 力)

聖書学の最新の知見を踏まえた、心に響く小説教集
〈評者〉大島 力

N・T・ライト新約聖書講解
すべての人のためのマタイ福音書1 1─15章

N・T・ライト著
大宮 謙訳
四六判・336頁・定価3080円・教文館
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 N・T・ライトの『新約聖書講解』シリーズの第二回配本としてマタイ福音書の前半が翻訳・出版された。すでにライトの書物は、主著『キリスト教の起源と神の問題』の内『新約聖書と神の民』(上下巻)等が訳されている。「おそらく歴史上もっとも多くの読者を得た聖書学者」であると、このシリーズの日本語版刊行の言葉に記されているので、今後ともライトの著作は多く翻訳されていくであろう。
 N・T・ライトのこの聖書講解シリーズの意義は大きく二つあると思う。一つは、自らの新約聖書学者としての学問的な知見を常に踏まえて、講解がなされていることである。それは死海文書をはじめ、キリスト教が成立していくユダヤ社会の背景についてしばしば言及がなされていることに端的に示されている。もう一つは、例えば本書が扱っているマタイ福音書一─一五章の場合、五七のペリコペ(単元)に分けられ、それぞれが独立した小説教のように構成されていることである。従って、もしこのテキストの区切りに基づいて説教者が毎週、講解説教を試みるならば、ほぼ一年間に亘るものとなる。実際、その各単元の冒頭に記されている現代の日常生活の逸話などから、ライト自身が教会・学校等の礼拝で説教やメッセージを語ったことが明確に分かるのである。
 このことは二〇〇〇年前に由来する新約テキストと学問的誠実さをもって対話しつつ、そのテキストが現代社会の中で何を意味しているかを、豊かな想像力をもって紡ぎ出していることを意味している。その作業を新約聖書全巻に亘って行っているというのだから、脱帽するほかない。さらに、とりわけマタイ福音書は旧約聖書からの引用が重要な役割を果たしているので、旧約聖書から新約聖書への動きがよく分かるように語られている。その観点から二つの箇所を取り上げてみたい。
 「山上の説教」の冒頭(「幸い」の章句)は、「霊において貧しい者たちへの素晴らしい知らせです。天の王国はあなたがたのものです」という言葉で始まっている。そして、そのイエスの言葉は、飛行機のパイロットが音速を超える時に耳にする「爆発音」に譬えられている。すなわち、旧約聖書の民を導いてきた神は、イエスにおいてその「爆発音」に等しい新しいことを始めたのである。それは、申命記における「祝福と呪い」(二八章)の地平を突破する衝撃をイエスの時代の人々に与え、それは今も続いていると語られている。
 他方、マタイ特有のテキストである「毒麦(雑草)の譬え」(一三章二四─三五節)では、神の忍耐が語られ、天の王国は一気に到来するのではなく、植物の成長と同様にじっくりとした過程を経て完成することが述べられている。つまり神はその間、活動を休止しているのではなく、悪と戦い勝利しつつある。それゆえ、十字架と復活以後を生きる私たちは「太陽がすでに昇ったことを知っていて、今は昼間の最大の輝きを待っている早朝の人々のように」生きることができる、と結ばれている。単元ごとに心に響くメッセージを聞き取ることができる聖書講解である。

書き手
大島力

おおしま・ちから=青山学院大学名誉教授

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