無神論を超えて進む実証的研究の最前線
〈評者〉芦名定道
なぜ子どもは神を信じるのか?
人間の宗教性の心理学的研究
J・L・バレット著
松島公望監訳
矢吹理恵、荒川 歩編訳
A5判・270頁・定価2970円・教文館
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「心の時代」とも言われる現代。心は現代と宗教とを繋ぐキーワードであり、実際、宗教と心は緊密な関係にある。ところが、日本では宗教を理解するために心の科学である心理学を参考にする人は必ずしも多くないように思われる。それは、無神論的心理学(フロイトからドーキンスまで)のイメージが強いからかもしれない。しかし、科学的論拠(実験から得られたエビデンス)に基づく心理学の議論は宗教を理解する上で無意味であるどころか、きわめて有益であることを明解に示す文献が出版された。心理学に基づく宗教理解に関心のある人に、あるいはそれに懐疑的な人にも、ぜひ読んでいただきたい一冊である。
本書は、実験から得られた成果を子どもの宗教についてのエビデンスとしてまとめ(第1部)、このエビデンスから明らかになる知見を論じている(第2部)。
まず第1部「エビデンス」であるが、著者たちの心理学実験から得られたエビデンスに基づく結論は「神を信じることは自然的なこと」と集約できる。実験が示すところによれば、幼い子どもは周囲の世界に積極的に行為者を探そうとし、出来事を行為者によって引き起こされたものとして見る自然的な傾向がある。そして世界の出来事に目的・意図(デザイン)を読み取り、デザインからデザイナーの存在を直観的に想定する。「子どもが自分の属する文化や宗教集団の特定の神々について学ぶ前に、基本的な構成要素は全て整って」おり(一一三頁)、子どもは「生まれながらの信仰者」なのである。これは自然宗教(宗教一般への強い自然的傾向)と言い換えられる。
以上の議論はエビデンスに基づくものでありきわめて説得的である。しかし、それだけではない。読者は自分の体験(親として子どもと接して得た体験)と照らし合わせることによって本書の議論を読み進めることができる。
第2部「エビデンスが指し示すこと」では、エビデンスから帰結する重要な知見が示される。まず「神を信じることは自然的なこと」から帰結するのは、無神論は不自然だということである─自然宗教に対して言えば神学も不自然ではあるが。一九世紀以来、欧米ではさまざまな無神論が発生し、西欧的近代社会の進展とともに世界に広がった。しかし、「教え込み仮説」(子どもが宗教を信じるのは親など大人の教え込みによる)などは「一昔前の子どもの心の見方」、「少なくとも三〇年以上過去の」学説に依拠しており(一六九頁)、本書のエビデンスによって論拠を大幅に失ってしまった。本書は、さらに信仰を持っている親が子どもに信仰を伝える意義についても重要な示唆を与えてくれる。
現在日本では、宗教二世の問題が大きな関心を集めているが、本書では、親が子どもに信仰を教えることは虐待などではなく、むしろ子どもに教えない方が子どもの健全な成長にとって有害であることが論じられている。避けるべきは、「親が子どもによく練られていない概念を教え、子どもがそれを批判的に吟味することを許さない」といった誤った方法である。これが宗教二世の問題点にほかならない。
日本においても本書が紹介するような心理学的研究が今後普及することによって、宗教についての理解が深まることを期待したい。
芦名定道
あしな・さだみち=関西学院大学神学部教授