各自が希望に沿った最期を迎える準備のために
〈評者〉長谷川(間瀬)恵美
生命との別離
事前医療指示書から緩和医療に至る手引き
ミヒャエル・デ・リッダー著
ヴォルフガング・R・アーデ、島田宗洋訳
四六判・264頁・定価2420円・教文館
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著者ミヒャエル・デ・リッダー氏(一九四七生)は救急医療を専門とする医師で、ドイツでホスピスを設立されています。本書『生命との別離』は同氏の三部作、『わたしたちはどんな死に方をしたいのか?』『わたしたちはどんな医療が欲しいのか?』に次ぐ最終作です。アーデ氏、島田氏両医師による読みやすい訳とその労に感謝です。
本書は三〇〇頁程度で一三の章によって構成されており、個人が責任をもって「人間らしく」人生の終わりを迎えるために、死について、終末期医療についての議論を深める手引書として読むことができます。もちろん、本書はドイツ国内の事例に基づいてドイツ人医師としての立場からその取り組みを執筆されているので、日本の現状とは異なる点も多々見受けられます。それでも他者任せ、医者任せではなく、来るべき死に備えて自分の生命を生きるためにも、本書は十分に具体的な終末期の知識を与えてくれます。
本書は最初にドイツ基本法によって守られている「人間の尊厳と自由」から、医師としての生命保護義務とそれを上回る患者の自己決定権について明示します(一章)。患者の意思を決定づけるためのリビング・ウイル宣言書(事前医療指示書)に自身で記入する際の注意点が、臓器提供を例に示され、延命治療の是非、死亡幇助について言及されますが、それに対してドイツの立法機関では確固たる判断を下していないこと、また国民アンケートから積極的自殺幇助についての積極的な回答が得られたことにより、ドイツでは緩和医療に対する信頼感が低下していること、つまり緩和医療、緩和ケアの内容と姿勢について問われていること、そして、自死幇助についての著者の立場が説明されます(二─五章)。例えば人工栄養法を拒否する患者の意思、自己決定権を尊重する行為でも、断食死のためのルールを認識しておく必要があるということです。また蘇生術を施す行為、胃瘻を付けたり中断する行為が、いかに患者の死のプロセスにとって望ましくないことであるかについても説明されます。終盤では深い眠りの状態、昏睡の形態、認知症の症状、終末期の兆候、患者の最後の日々と時間について個別に考慮されるべき事柄について言及されます(七─一一章)。こうした死のプロセスの最後に待ち受ける心臓死と脳死という二つの異なった死のかたち、その後の臓器提供(一二─一三章)について解説された最後に、科学の進歩により「死」がコントロールされる未来について想像しつつも、各自が希望に沿った最期を迎えるための準備を心がけるよう促されています。
今から一〇〇年以上も前にドイツに留学した森鴎外が『高瀬舟』で世に問うた「いのち」をめぐる提言(安楽死、尊厳死、自死幇助、法制定)は未だに解決に至っていません。生命(いのち)について、QOL(生命の質)について問う人、最期までどう生きたいか、いのちをどう終えるか、QOD(善き死)について考えている人にお勧めしたい一冊です。訳者あとがき、そして付録(ひな形見本「事前医療指示書」など)も大いに参考になります。
長谷川(間瀬)恵美
はせがわ・ませ・えみ=桜美林大学リベラルアーツ学群准教授