右手に『聖書』、左手には『プロ倫』
〈評者〉千葉眞
右のタイトルは本書の特質を示す帯の標題である。本書は、「学問は神からの使命である」と信じたひとりの研究者が、「恩師」マックス・ヴェーバーの生涯と思想に迫る刺激的な著作である。現在、中央学院大学教授の黒川知文氏は、宗教史研究者として、ロシア宗教史、西洋宗教史、ユダヤ人史、内村鑑三と無教会研究、賀川豊彦研究と幅広い専門分野をもつ研究者・教育者である。著者の学問研究の出発点は、ヴェーバーとの出会いであり、とくに東京外国語大学大学院時代に山之内靖教授の授業でヴェーバー著『プロ倫』(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)を読んだことにあったという。本書は興味深い独創的なヴェーバー研究である。それはそのまま、研究者と牧師を兼ねる著者のたいへん個性的な人間性・人生・学問をそのまま表している。そして本書は、通常想定される厳密かつ難解なヴェーバー研究書のタイプとは一線を画し、著者の心情と個性が躍動する興味深い入門書にもなっている。
本書は四つの章から構成されている。第一章「ヴェーバーとの出会い」は、小説の形式で「ヴェーバー研究の第一人者」の「山中靖先生」(山之内教授のこと)とヴェーバーとの出会いを興味深く描いている。第二章「ヴェーバーの生涯」は、父マックスと母ヘレーネの不和に起因する家族内の確執、ルター派教会での堅信礼、キリスト教信仰との葛藤、研究者としての出発と業績、神経症疾患と4年にわたる療養生活、治癒後の研究の再開と最盛期、アメリカ研究講演旅行、スペイン風邪による突如とした死の訪れなど、盛り沢山の内容になっている。そして「ヴェーバーの信仰」の問題を多角的に扱っている。「宗教的音痴」を自称したヴェーバーであったが、黒川氏の最終的判断は次のようである。「ヴェーバーは内面的には神の存在を信じており、『聖書主義的敬虔主義』『カルヴァン派』に近い信仰を持っていたことが考えられる」(103─104頁)。ヴェーバー研究では少数派の解釈だが、その立論は傾聴に値する。
第三章「ヴェーバーの学問」では、『プロ倫』についてはその鍵概念である「カリスマの日常化」や「理念型」など、丁寧な説明がなされている。また『プロ倫』に関する論争史も一部紹介され、その主たる反論も説明に付されている。『職業としての学問』と『職業としての政治』については、「職業」と訳されることの多いドイツ語の原語“Beruf”に関して、「神からの使命」と訳した方が適切であると指摘している(156頁)。短い終章「信仰と学問」は、黒川氏の見解を簡潔に示す章となっている。信仰と学問とは矛盾せず、信仰に基づく学問の可能性を論じている。著者は、「キリスト教は学問に従事する熱心と喜びと希望とを豊かに与えてくれる」という矢内原忠雄の言葉を引用する(184頁)。そして学問を志すとくに若い研究者たちに対して、多くの貴重な励ましと建徳的な助言─ヴェーバーと自分自身の研究体験から学んだもの─を投げかけている。学問は常に進歩していくので、「自分を知恵ある者と思うな」(箴言3章7節)を旨に、謙遜になって研究に励むことが勧められている。読者を裨益(ひえき)して止まない啓発的なヴェーバー研究書である。
マックス・ヴェーバーの生涯と学問
神からの使命に生きて
黒川知文著
四六判・296頁・定価1980円・ヨベル
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千葉眞
ちば・しん=国際基督教大学名誉教授