キリスト教を知りたい人のために
〈評者〉水垣 渉
待望の一冊が出た。袴田康裕(はかまた・やすひろ)著『ウェストミンスター信仰告白講解 上巻』である。著者は現在神戸改革派神学校教授を務め、かつては日本キリスト改革派園田教会の牧師であった。そしてこれまで多くの教会と伝道所で牧会してきた豊かな現場経験の持ち主である。また著者にはウェストミンスター信仰基準(信仰告白、大教理問答、小教理問答)の翻訳と多くの研究や概説、また関連図書の翻訳など、本書を支えるに十分な多年の成果があり、これらを活かして成ったのが本書である。従って、「講解」と銘打っているものの、説教とは違って研究に基づく解説がもりこまれており、教会での実際的使用のための牧会的配慮に満ちていると同時に、原典の細部にわたる綿密な検討と教理史的背景の究明にも十分な目が注がれている。著者の長年にわたる信条研究の成果のまとめとして学問的にも高い評価をうけてしかるべきものであろう。
ウェストミンスター信仰基準が十七世紀イングランドの特殊な状況から生まれたものでありながらも、キリスト教の大きな流れの中で占め、キリスト教を動かして来た位置と力には大きなものがある。この信仰基準を採用している長老主義諸教派だけでなく、キリスト教とは何かを本格的に知ろうとする一般の人にも、きっと役に立つ一冊であろう。信仰告白というと、すぐに「教義」(ドグマ)だと考えて忌避しがちなのが現代人の通弊であるが、キリスト教は古代以来、その教義の確定と展開に格別の努力を注いできたのであって、そのもっとも簡潔な表現が各種の信仰告白、ないし信条と呼ばれるものなのである。だからキリスト教を知るには、その基本的な「信条」(クリード)によるのが良いわけである。著者はこの汎通的なキリスト教理解への道をも意識している。
巻末の付録「ウェストミンスター信仰告白の解釈について」は、その基本的問題点について内外の過去の成果を研究史的に紹介しており、本書が十分な準備をもってあらわされていることを示していると同時に、さらに勉強を深めたい人にも親切な案内を提供している。これだけでも精読の価値があろう。
原文として著者が採用するのは、コーネリアス・バージェス版であって(これも他の諸訳と違う独自な点の一つ)、その原文の文献学的な解釈が基になって、邦訳が試みられている。つまり元テキストの研究から出発して、聖書の関連個所と教理史的背景の説明に至るまで、多くの問題を整理し、総合した結果を一冊にまとめあげたのが、本書がいう「講解」の内容なのである。本書に導かれて、ウェストミンスター基準だけでなくキリスト教、特にプロテスタント・キリスト教の骨格に触れることができるのは、有難いことである。
古代信条研究は無論のこと、ウェストミンスター信仰基準にも、まだまだ解明を待っている諸問題が多くある。わたしに思いつくのは、聖書との関連(つまり聖書神学的な検討)と教理史的背景のいっそうの研究とである。「(神の)存在」とか「位格」(person)といったわかりにくい語のよりいっそうの説明などである。この意味で本書は教会的使用には十分でありつつも、なお今後の発展を求め、可能にする将来性を持つ。
水垣渉
みずがき・わたる=京都大学名誉教授、キリスト教学