学問的対話を経た成果として
〈評者〉齋藤五十三
「ウェストミンスター小教理問答」(以下「小教理」)は一六四七年にウェストミンスター神学者会議によって作成された文書である。信仰内容の全体を示す「ウェストミンスター信仰告白」(以下「信仰告白」)、教理教育のための「ウェストミンスター大教理問答」(以下「大教理」)との有機的な関係の中、「小教理」は、初心者の教育という役割を担ってきた歴史を持っている。
これら三文書を教会の信条とする日本キリスト改革派教会は現在、三文書の公認訳作成に取り組んでいる。これは、同教会による一九九四年の信仰規準翻訳委員会訳(以下「委員会訳」)以来、約三十年ぶりの翻訳事業であるが、その最初の公認訳として昨年十月に完成したのが本書である。「あとがき」によると、同教会が公認訳の条件として次の四点を重視していることが分かる。第一は、信頼できる底本(「小教理」の場合一六四八年、聖句付き初版)に基づく忠実な翻訳であること。第二は、学問的批判に耐えうること。第三に、わかりやすく美しい日本語を使用すること。第四は、三文書の間に統一性があること。
評者は、英語の原文、「委員会訳」、公認訳の土台である袴田康裕訳(『ウェストミンスター小教理問答』教文館、二〇一五年)と公認訳の全107問を並べて比較したが、第一から第三の点が十分に顧慮されているのを確認した。紙幅の関係で全てを紹介できないが、第二点の「学問的批判」に関する顕著な実例を一つ示したい。
公認訳の土台を提供した袴田氏が、その準備において最も対話に務めた翻訳は、日本におけるウェストミンスター三文書の研究をリードしてきた松谷好明氏による改訂版「小教理」(『改訂版ウェストミンスター信仰基準』所収、一麦社、二〇〇四年)である。袴田氏による講解(水垣渉・袴田康裕『ウェストミンスター小教理問答講解』一麦社、二〇一二年)を指南役に松谷訳と公認訳を読み比べると、袴田氏と松谷訳の間にどのような対話があったかが明らかになる。ここで注目したいのが「主の晩餐」前の自己吟味を教える問97である。全体として袴田氏は、松谷訳との対話を経て最終的に松谷訳と同じ方向での翻訳に至ることが少なくないが、問97では英語の構文が「自分自身を吟味すること」を中心に求めている点に触れ、「自分自身に裁きを招くことがないようにすること」(松谷訳、三三〇頁)が中心であるかのような印象を与える松谷訳の課題を指摘している(『講解』一五五頁)。実は、松谷氏の最新の「小教理」(『三訂版ウェストミンスター信仰基準』所収、一麦社、二〇二一年)ではこの点が修正されている。そうした両者の間の高度な学問的対話の成果が公認訳には反映されているのである。
このように本書は「公認」に相応しい内容を備えた翻訳になっている。しかし、上述した四点のうち、第四に挙げた三文書間の統一性に関しては、「信仰告白」と「大教理」が未完成であるために検証することができなかった。日本キリスト改革派教会は八〇周年を迎える二〇二六年までに三文書全ての公認訳完成を目指している。今回の「小教理」公認訳の質の高さを思う時、残る二文書の完成が待ち望まれるところである。
齋藤五十三
さいとう・いそみ=東京基督教大学准教授