世界と人のために希望の種を蒔く
〈評者〉小友 聡
『海鳥たちの遺言』というタイトルが目を引きます。何の本かと思う方がいるでしょう。これは上垣勝牧師が四七年におよぶ伝道牧会を終え、引退後に上梓された説教集です。「海鳥たちの遺言」とは、海岸に打ち上げられた海鳥たちの死骸のこと。死んだ鳥たちの腹の中に、飲み込んだペットボトルの蓋やプラスチックのかけら、発泡スチロールのかけらなどが詰まっています。鳥たちはそれを排泄できず、ため込んで死んだのです。この海鳥たちの「遺言」という象徴的な言葉を上垣先生は説教集のタイトルに選びました。
この説教集は、生態的破局の現実を紹介しながら自然と共に生き、また社会の不正や歪みを見つめ、弱い人々の傍らに立って語りかける上垣先生の珠玉の説教を集めたものです。聖書の福音の世界が優しい語り口で説かれ、心に沁みます。本書を読了して評者は心が癒やされ、優しい気持ちにさせられました。このような説教を毎週傾聴できた教会の信徒の方々はなんと幸いかとしみじみ思います。
著者の上垣勝牧師は神学大学を卒業後、長く九州、東北、北陸の教会で牧師をし、最後は東京教区北支区の板橋大山教会で一三年間牧師をされました。かつて弘前南教会の牧師時代の上垣先生に評者は出会いました。伝道することが楽しくて仕方がないという雰囲気が伝わってくる、溌溂とした魅力的な牧師でした。その後も繋がりや交流がありました。最初の出会いから四〇年が経ち、コロナ禍の中、先生は自転車で一時間かけ板橋から評者の中村町教会の礼拝に出席してくださいました。上垣先生の心意気に感動しました。引退後、少しも自分を誇らず、他者に仕える道を選ぶ先輩牧師がいることを評者は誇りに思います。
本書に収められた説教はすべて板橋大山教会で語られたもの。教会員だけでなく、子どもたちにも優しく語り掛けています。説教集は三部構成です。第一部「自然・環境」、第二部「人間の道」、第三部「小さき者を用いる神」という章立てがされます。自然環境破壊の現実、地震と原発問題、平和と戦争責任の問題、障碍者や高齢者問題など身近な問題に触れながら、キリスト者はどう生きるべきかを教えてくれます。原発稼働を憂慮する上垣先生は東日本大震災前に地震による原発の破局的災害を警告していたことがわかり、驚きました。また、アウシュヴィッツ強制収容所に触れ、ドイツのメルケル元首相についても印象深く語られています。キリスト者が社会において倫理的に生きる必要を強く教わります。もう一つ、上垣先生の特別な関心はヨーロッパのテゼ共同体に向けられています。社会問題、政治問題に触れながらもキリスト者の霊性を大切に考えることに先生御自身の信仰姿勢があります。
あとがきの言葉が心に深く沁みます。「希望の種を蒔こう。地球も人の世も荒れ野になる前に。心折れそうな時にも奮い立たせてくれるものがあれば、希望をもって前進できます。平和と喜び、希望と愛、信仰の勇気。それらが活き活きと湧き上がる泉を見出し、行き詰ってもそこから何度も再出発すればいい」(二〇三頁)。その通りです。四七年伝道牧会に人生を捧げてこられた上垣勝先生の渾身の説教集を皆さんに心から推薦いたします。
小友聡
おとも・さとし= 日本旧約学会会長