三人の求道者の生き方の根底に潜む求道の意義を浮彫
〈評者〉阿部仲麻呂
信仰と行為とを対立させても何も生じません。しかし、信仰は行為へと深まるときに意味を見出し、行為は信仰によってゆるぎない安定感を伴って支えられています。まさに信仰と行為との連続性と一体性とを改めて明確に示しているのが本書の長所です。
本書は時代や地域性を超えるアブラハム、ルター、聖イグナチオ・デ・ロヨラという三人の求道者の生き方の根底に潜む信仰と行為との相互補完性の豊かな実りを活写しています。これら三者の旅は魅力的でありつつも苦難の連続でもありました。私たちもまた旅人として人生の巡礼の歩みをつづけていますが、本書をとおして求道の意義を改めて学ぶことができるでしょう。イエズス会所属の神学者である川中仁師の卓抜な洞察力によって有意義な企画が成立していると言えます。山口希生氏はアブラハムの旅を振り返り、江口再起師はルターの心の遍歴をたどり、川中仁師は聖イグナチオの巡礼を再評価します。
ところで、評者にとって一番印象深かった箇所を川中師の論述のなかから引用しておきましょう。「イグナチオ的な識別において最も根本的な識別基準となるのは、霊の動きの識別とともに、十字架につけられたキリストである。自叙伝三一番には、十字架の前で祈っていた際のイグナチオの体験が記されているが、十字架の前で祈ることで、美しく見えた幻視の正体が明らかになった体験が記されている。ここに、識別基準としての十字架につけられたキリストということをみることができる」(149頁)。聖イグナチオによる「十字架理解」の意義は、実に同時代のルターによる「十字架の神学」とも重なるとともに、時代をさかのぼればアブラハムにおける「独り息子イサクの供犠」(アケダー)の際の苦難の選択とも連続してきます。人が真に生きるには十字架的な苦難が必要不可欠なのです。こうして本書の随所から信仰者としての歩みの厳しさの重要性が如実に伝わります。
なお江口再起師は「恵み→信仰→行為(倫理)」の重要性を強調しますが、確かに万事が神からの働きかけではじまり、人間の応答姿勢としての信仰が深まりつつ愛の実践的な行為へと具体化することで実りをもたらします。神の恵みの働きは具現化する実効支配(効果をもたらす実力を伴った支えと配慮)なのであり、人間は神の慈愛深い支えと配慮によってこそ全身全霊の信頼(信仰)を洗練させて、他者への奉仕(神の慈愛の社会的具現化)へと踏み出すことになります。これは、まさに創世記やヨハネ福音書における「ダーバール」(神による愛の呼びかけとしてのことばが万物の創造のわざとして実現する)の出来事とも結びつきます。本書は「言行一致」(ダーバール)の極意を呼び覚ます道案内の良質な地図です。





















