倫理性と合理性を継承するマイスター制度の重要性
〈評者〉田淵 諭
「修道院からモダニズムヘ」のタイトルを見て、この二つの関係性に興味が湧いた。更に「ドイツ手工業職人の精神と系譜」という副題を見て、興味が増した。
西欧の歴史書やキリスト教の歴史書は、イタリアなどのラテン系社会を中心として語られることが多いが、本書はドイツ語圏から解き明かしている点に独創性を感じた。
民族大移動の話、修道院の歴史、建築の話、ゲルマン民族の話、ドイツの手工業職人やマイスター制度の話、モダニズムの話等、これら様々なテーマをそれぞれ専門に書いた本は多い。しかし、織物に例えると、縦糸に著者のキリスト教信仰を据え、横糸にそれぞれ異分野のテーマを織り込むことで、五世紀から現代までの西欧史を編み上げたところが本書独自の魅力となっている。
本書は大きく分けて「Ⅰ.修道院への道」「Ⅱ.中世手工業職人」「Ⅲ.モダニズム」から成り、九章で構成されている。中でも第三章「修道院での創造」から第四章「中世の職人たち」は、読み応えがある。第三章では、修道院の戒律や営みが詳しく書かれていて、この章を読むだけでも修道院の知識が得られ、その日々を垣間見ることが出来る。やがて修道院に助修士が生まれ、彼らの活躍によって聖域と世俗を繋ぐ商人が出て来たことが語られる。第四章では、当時社会の富と知と技のほぼすべてがあった修道院の「知と技」が、ゲルマン民族の商業やギルドなどの同業組合がその受け皿となったことが語られる。マイスター制度に注目し、手工業職人が中世以降の西欧の文化文明の発展を担ったことも知ることが出来た。
この手工業職人は義しくキリスト教を信仰し、「知と技」を修道院から継承し、最も大切にしたことが「栄誉」だったという。その根底に流れているものは「倫理性と合理性」であり、その後ワイマール体制の元では手工業的教育は人格教育であったことを、いろいろな例を引きながら解説している。営利活動が優先されがちな現代日本や世界において、この人格教育を伴ったドイツの制度と継承は忘れてはならない大切なことだと私たちに教えてくれる。また、著者は多様化した現代において、日本のタテ社会の問題点、特に「職業観を職業教育の根幹に据える必要性」を訴えているのは同感である。
本文中のコラムには、ウルム造形大学留学での経験、また近年再訪したことで得られた貴重な修道院・建築・祭り等について、建築家としての著者の目で書かれていて楽しめる。また、バウハウスやそれ以降のドイツ現代建築の解説も豊富である。
エピローグで著者は、「個々人、大小さまざまな共同体のそれぞれが国家の枠を超えて『日々新たに!』『ひとつの世界』へ向かって飛び込まなければならない」というメッセージを発信している。そして、コリントの信徒への手紙二、四章一六─一七節「だから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの『外なる人』は衰えていくとしても、私たちの『内なる人』は日々新たにされていきます……」というパウロの希望に満ちた御言葉が添えられ、強く心に残るものとなっている。
後頁「参照・引用文献」は、是非読んでみたい。
田淵諭
たぶち・さとし=多摩美術大学名誉教授・大岡山建築設計研究所代表取締役