教会史としての葬儀説教集
〈評者〉山口陽一

聖徒たちの群像 上
葬儀説教を通じてふり返る伊東教会の歩み(2016~2020)
日本基督教団伊東教会編
A5判・260頁・定価2500円・日本基督教団伊東教会
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本書は伊東教会の葬儀説教集です。同教会は日本同盟基督協会として設立され、日本基督教団にあって旧同盟協会の交わり・「マケドニア会」のメンバーでもあります。ドイツ留学後に就任した上田彰牧師の説教を中心に、上下巻に四十人前後の葬儀説教と関連の説教が収録されています。本書のきわだった特徴は、葬儀説教集のかたちをとった「伊東教会一二〇年史」であるということです。前回の百周年記念誌発刊以降の召天者や教会の歴史をすべてカバーしているわけではありませんが、読後感はまさに教会一二〇年史でした。事実教会役員会では、前回とはひと味違う形で教会の歩みを記録する意図で葬儀説教出版を企画したということです。上巻のあとがきには端的に、「葬儀の記録を教会の記録として編み直す試み」と記されています。
正直なところ、知らない方々の葬儀説教を興味をもって読めるだろうかと思いつつページをめくり始めました。ところが、説教から未知の人の信仰と人生が目に浮かぶのです。模範的な信仰者だけを選んでいるわけではありません。著名人として日野原重明やキリスト教功労者(中島省吾・相沢良一)の家族もおられますが、美化せずに伊東教会とこれに連なる「無名の人」として描いている感があります。牧師の妻や子、長年の信徒、牧師の「戦友」もいれば、縁を辿って葬儀を頼まれた人もいます。信徒家庭に生まれ、教会に親しみつつ信者にならなかった人を百人隊長の信仰に重ねながら語り、牧師と教会の実力不足を悔やむ説教が心に留まりました。いや、すべての説教において描き出されるその人の生きざまと説教者の愛のまなざしに心惹かれました。葬儀に定番のテキストでなく、その人の生涯に交差する聖書箇所が選ばれ、聖書からその人の生と死が鮮やかに浮かび上がり、葬儀において深まる聖書の釈義が残るのです。内村鑑三が日本人のために書いた『キリスト教問答』が「来世」から始まるとの慧眼、「短いが、それでいて力強い」「仲立ち」など各説教における中心思想の明確さ、「私ども自身が希望する力によって前進しているのではなく、イエス様が希望する力を与えながら私どもに近づいてきてくださる」といった純化された言葉が、看取りの牧会の中で紡ぎ出されます。
一つの驚きは、葬儀説教を通じて伊東教会という神の家族が立ち現れ、創立以来の教会の歴史が反復しつつ成長する姿が見えて来ることです。通称「耶蘇通り」の住人をはじめ伊東教会の精神を体現する人たちが、教会と福祉活動において地元に息づく様子が随所に見て取れました。
日本伝道の課題が「日本のキリスト教化」と「キリスト教の日本化」であるなら、本書を通じて探求したいのは「キリスト教の日本化」である、と著者は言います。キリスト教葬儀がめざすのは「死と生が最終的には個人─故人や遺族─のものではなく、神のものであるということを明らかにすることである」とも語ります。このような理念に基づく説教は、経験を重ねてその技量を磨くことで生まれたように思われます。本書は伊東教会にとって大切な記念であるだけでなく、神の栄光のための日本宣教を志すすべての人にぜひ読んでいただきたいものです。



















