旧約に啓示された神のロゴスを解き明かすオリゲネスの説教
〈評者〉富田雄治
オリゲネスはニカイア以前の教会が輩出した最も優れた神学者・聖書学者であると思います。使徒たちと比較的近い時代に生き、ギリシャ思想に造詣が深く、後半生はパレスチナに拠点を移した彼の説教からは、私たちも聖書を読む上で示唆を得られるのではないでしょうか。今回、小高毅師によって刊行されていた部分訳(『中世思想原典集成1 初期ギリシャ教父』所収)を、堀江知己師が補う形で『創世記説教』が出版されたことを歓迎すると共に、ラテン語訳から翻訳をされた努力に敬意を表します。
初期キリスト教においてユダヤ教の正典でもある旧約聖書をどう受け入れ解釈すべきかは重要な神学的課題でした。オリゲネスはこの問題に対して一貫性のある解答を提示し、体系的に実践した最初の神学者であったのではないでしょうか。彼はイエス・キリストが啓示それ自体であり、旧約聖書にもキリスト(神のロゴス)が啓示されていることを解釈によって示そうとしたのだと思います。例えば創世記の中に井戸への言及があると、オリゲネスは「生ける水」(ヨハネ四・一〇)という言葉を介してキリストの福音に関連づけているようでした。そこにも彼の旧約解釈の特徴が認められるのではないでしょうか。
比喩的解釈によってキリストを明らかにしようとした理由の一つには、同時代のユダヤ教の字義的解釈の存在があったからなのでしょう。オリゲネスの解釈を評価する場合、この歴史的文脈を無視することはできないと思います。旧約の語句を比喩的に解釈し、隠されているキリストを見出す作業によってこそ、オリゲネスは神からの語りかけを聴くことができると考えたのではないでしょうか。ですから創世記説教には新約聖書からの引用が多くなされています。オリゲネスは、創世記のテキストを読みながら新約聖書の関連する箇所をいくつも思い起こしていたようでした。このような旧約の読解法は現代の説教者が準備の過程で経験することに通じる面があると思います。現代の説教者も旧約講解を行う場合、テキストからキリストの福音、或いは新約に繫がる教えを発見する時に語るべきポイントが与えられたと考えることが多いのではないでしょうか。
無論オリゲネスの解釈が全て現代に妥当する訳ではありません。例えば創世記二〇章のアビメレクは、オリゲネスによれば異邦人の哲学者を象徴し、サラは美徳(福音による生活)のシンボルであるとされます。ここにオリゲネスは、福音がまだ異邦人に伝えられる段階ではなかったという隠れた意味を掘り起こそうとするのですが、この場合のように、そこまで解釈を広げられるだろうかと思案するケースも少なくはありません。
それでもオリゲネスの旧約説教を読む意義は自ずと明らかではないでしょうか。彼は創世記の隅々にまで目を配りながら神の語りかけを聴こうとしました。『創世記説教』はその努力の成果であり、旧約聖書から使信を読み取ろうとする者にヒントを与えることができると思います。
翻訳はとても読みやすく、訳者の力量を感じさせるものがありました。小高毅師・堀江知己師によって、日本におけるオリゲネス研究がさらに深められ広げられることを期待致します。
富田雄治
とみた・ゆうじ=JECA取手キリスト教会牧師