三浦綾子文/おちあいまちこ写真/林あまり解説 三浦綾子 祈りのことば(森下辰衛)

旅人の私たちを懇ろにもてなす本
〈評者〉森下辰衛

三浦綾子 祈りのことば
三浦綾子文
おちあいまちこ写真
林あまり解説
A5判変型・80頁・定価1320円・日本キリスト教団出版局
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 「『旅人を懇ろにもてなせ』/とのみ言葉があります。この一語にも、主よあなたが、どんなに旅する者の不安をご存じかが、示されております。/私たちの一生もまた旅人の一生です。その旅人である私たちを、主がいかに懇ろにもてなして下さっていられるか、愚かにも今まで私は気づきませんでした。/主よお許し下さいませ。」
 『三浦綾子 祈りのことば』は、一九九一年九月、日本基督教団出版局より刊行された写真家児島昭雄と三浦綾子の協作『祈りの風景』の四十八の祈りから三十一が精選された本で、心にしっとりと恵みの露が降りてくるような、おちあいまちこさんの美しい写真が新しく付けられています。
 『祈りの風景』について三浦綾子は、日記形式の随筆『この病をも賜として』の九一年五月の記述で、「児島昭雄先生の写真に言葉をつける作業を開始。重ねられた順に、祈りの言葉をつけて行く。好きな写真を選ぶということをせずに。不思議なことに早いスピードで、次々と言葉が湧いて来る」と書いています。自然に流れ出てくる祈りのことばだったことがわかります。それだけに、当時の綾子さんの思索や信仰の質を教えてくれる資料でもあり、また彼女のいきいきとした詩作力を垣間見させるものでもあります。
 当時三浦綾子は、パーキンソン病の兆候の中、最後の長編『銃口』を連載しつつ、小林多喜二の母を描く『母』に取り組んでいました。この本にもこんな祈りがあります。
 「神さま/小林多喜二は口癖のように言いました。/『闇があるから光がある』と。/多喜二は三十歳で死にました。警察署の中で死にました。わが子の無残な死を見た多喜二の母は、一生懸命、『山路越えて』の讃美歌を暗誦しました。そして教会で葬式がなされました。/多喜二の母は、闇の中に光を見出したのです。神を讃美いたします。」
 『母』の物語を何行かに縮約したような祈りですが、これもまた、山道の多かった小林セキの人生の旅に懇ろに思いを寄せたものでもあります。
 一九九五年九月、私は旭川六条教会で三浦夫妻に初めてお会いしました。その春から大学のゼミの授業で三浦綾子を読み始め、研修旅行で十三人の学生を連れて北海道を訪れたのでした。綾子さんの体調の悪い中、遅れて礼拝に来られた三浦夫妻は、近くのホテルの部屋を借り、中華料理の昼食を振る舞って下さいました。そして震える手でサインを入れた文庫文を一人一人にプレゼントしてくださり、学生たちのために心をこめて良いお話をしてくださいました。「旅人を懇ろにもてなせ」という言葉を、こちらの想像を超えて実践なさるお二人でした。そして私はその日、学生が三浦夫妻の懇ろなもてなしとことばによって励まされて、見事に〝変わる〟のを見たのでした。
 私はこの本を既に何人かの方に贈りました。愛する配偶者を喪った人、重い仕事を担う決心をしようとしている人、大きな苦難の中にいる人。私の言葉では届かないところに届くことばがここにはあるからです。みんな旅人なんだと知らせてくれる慰めの声。私をいのちに繋いでくれる手である祈り。そして、いつの間にか綾子さんと一緒に祈っている私がいる。これは、長い旅を行かなければならない私たち一人一人を懇ろにもてなし、励ましてくれる本です。

書き手
森下辰衛

もりした・たつえ=三浦綾子記念文学館特別研究員

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