祈りへ導く注解書
〈評者〉吉田 隆
コンパクト聖書注解
コリント人への第一の手紙Ⅱ・Ⅲ
H・W・ホーランダル著
池永倫明訳
[Ⅱ]四六判・192頁・定価3080円・教文館
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[Ⅲ]四六判・282頁・定価4070円・教文館
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もし聖書テキストそのものの解釈がこれだけ多くのキリスト教会の分裂を招いたとするならば、今日ほどそれを乗り越える機会が与えられている時代はないと思う。新約聖書に限って言えば、そこに含まれる二七の古代文書群を理解するための方法論がかつてないほど共有されてきているからである。
もちろん事柄はそれほど単純ではないのだが、本書を読むとそんな感じにさせられる。聖書テキストの解読にどこまでも歴史的に肉迫する凄みと、それによって指し示される〝テキストを超えるもの〟への畏敬と喜びを同時に感じさせてくれる注解だからである。
本書は、すでに二〇巻を超えて邦訳出版されてきた『コンパクト聖書注解』シリーズの最新刊(二巻)である。同シリーズは、幅広い読者層を対象に、オランダ聖書学界の第一線で活躍する著名な学者たちによる標準的聖書注解である。日本ではあまり馴染みのないオランダ聖書学の成果を、読みやすい日本語で知ることができることは実にありがたい。
標準的であることは、しかし、平板な注解ということを意味しない。本書によれば、聖書解釈の目的は、聖書記者が「彼のテキストで何を意図し、いかなる『使信』を読者たちに伝達しようと欲しているかを見出すこと」にある(Ⅰ巻二四頁)のだが、そのためにはパウロとコリントのキリスト者たちを取り囲んでいた社会の空気を感じることが極めて重要になる。
その結果、本来なら何十頁にもわたる脚注が付くであろう紀元一世紀前後のローマ・ギリシア・ユダヤの膨大な聖書外資料の中でも最も重要かつ適切なものが、注解に多数言及または引用されることとなる。
こうして、この注解に導かれる読者は、港町コリントの雑踏の片隅に集まっては共に礼拝をしている信徒たち一人ひとりに語りかける、生身のパウロの言葉の強さや優しさ、そのため息さえも感じ取る。誰よりも訳者自身が強く感じたことは、「当時のコリント教会を取りまく圧倒的な異教社会の気圧であり、またその気圧に気付かぬまま生きているコリントのキリスト者の姿であり、そのことは現代の日本社会に生きるわれわれを逆照射する」(Ⅱ巻一八九頁)と記されているとおりである。
訳者の池永氏は本シリーズに限ってもすでに五冊以上の注解を訳された日本キリスト教会の引退教師であられるが、訳了後、個人的感想としてパウロ自身に語りかけた次の言葉に、評者は打たれた。
「慈父のような使徒パウロ先生! あなたのコリント教会への勧告の言葉に照らされて、キリストより委託された福音宣教と教会形成がどんなに大切であり、尊いわざであることかよくわかり、自分をかえりみて、なんと貧しく乏しい応答をしてきたことでしょうか。また時代の非福音的(異教主義的)な気圧に無自覚に妥協したことでしょうか。主をかしらとする信仰共同体を希望に立ってこの地上に形成することが、主の大きな委託であり、感謝すべき事柄であるのを自覚し、祈り、仕える思いを益々お与えください。これからも生のある限り、そのために仕えさせてください」(Ⅱ巻一八九─一九〇頁)。
聖書記者をリアルによみがえらせる優れた注解は、このような祈りに導くものなのだ。
吉田隆
よしだ・たかし=神戸改革派神学校校長