懐疑の森から、いのちの水の流れるインマヌエルの風景へ
〈評者〉芝田豊彦
本書は、インマヌエル(神われらとともにあり)という根源的事実を生きた一人のキリスト者──滝沢克己(一九〇九~一九八四年)の生涯をたどりつつ、かれの思想を読み解く本格的評伝である。内村につらなる無教会派の信仰を持つ著者の小林氏にとって、キリスト者的生涯とは、まさに「インマヌエルとともに生きる」ということなのである。
人は誰しも「人間は何のために生きるのか、何処から来て何処へ行くのか」という存在の問いを発せざるを得ない。しかし、その問いの困難さ、また競争社会を生き抜くという現実的要請の故に、多くの人はみずからを欺き、あたかもそのような問いなどなかったかのように生きていく。しかしその問いを無視したという不安が、その人を去ることはない。
このような存在の問いに対してとくに感度の鋭かった滝沢は、苦闘の末に、幸いにも西田哲学、バルト神学に遭遇し、「存在の懐疑の森」を脱する。いやむしろ、かれらの思想に響く「インマヌエルの声」を通して、懐疑と罪の深い森が、永遠のいのちの河が流れる黙示録的な「インマヌエルの風景」へ変貌したのだ。本書では、インマヌエルについて、風、光(光源、光点)、水、いのち、声(呼び声)、といった詩的な比喩ないしイメージが随所で用いられる。小林氏は神学や哲学にも造詣が深いが、私(評者)自身は、かれを本質においてすぐれた文学者だと思っている。本書が厳格な思索、緻密な考証に基づいているにもかかわらず、各章があたかも一編の詩のように感じられるのは、小林氏の文学的資質によるのではなかろうか。
小林氏は滝沢の著作を丹念に読み、それに関連する文献や資料もじつによく読まれている。驚嘆に値するほどである。例えば、バルトと滝沢の『往復書簡』(新教出版社)も活用される。その成果は、例えばエピローグの注14で示される。ところで滝沢は受洗を長年ためらうが、これが「バルト神学になお残るただ一つの疑問」に関連することも、『往復書簡』で如実に示される。また滝沢克己著作集全十巻に収録されなかった戦時中の「誠と取引」という作品も、本書で取り扱われる。この作品の「我々が天皇によつて生れ、天皇によつて死する」(124)というような表現は誤解されやすい。しかし小林氏は、この作品も、「どこまでもインマヌエルからのみ解されなければならない」(126)ことを強調する。たしかに神と人の原関係が、天皇と臣下の関係に単純に同一視されているというような滝沢批判もあるが、例えば戦前の講義草稿で、「君〔=天皇〕の民として、親の子として我々の在るという事実」を、神ともにいますという人生の根本的事実の明らかな「象徴」(135)と見なす滝沢が、上記のような同一視をするはずがないのである。
さらにドイツ語論文「キリスト論の根本問題」(一九五五年執筆)が内容に踏み込んで論じられるのは、本書が初めてなのではないか。「まさにこの同じイエスが、永遠で不可視の人間的原型である限り、あの時あの処でマリアから生まれたあの形姿を、必ずしも取ることはなかったのである」(343)というような発言が、同論文から引用される。ふつうのキリスト者にとっては驚くべきこのような発言も、イエス・キリストのぺルソナの統一という問題、バルトに対する疑問に関連しているのである。
最後に著者の美しいイメージを紹介して、書評の任を終えたい。小林氏は青年期に椎名麟三に取り組むなかで、次のような体験をする。「私のなかに水の流れていない川があった、その川にいのちの水が流れはじめた、みるみるその両岸はその水の流れによってつながっていく、新しい自由の風景を見たのだ。──矛盾 ! 矛盾とは、その川の両岸のようにいのちの水によって、矛盾のままにつながっていたのだ!」(446)。「いのちの水」とはインマヌエルのメタファーであり、上の光景はまさに「絶対矛盾的自己同一」の詩的なイメージとなっている。多岐のテーマにわたる本書をぜひ一読していただきたい。













