【書評/エッセイ】大串肇著『VTJ旧約聖書注解エレミヤ書1〜20章』出版にあたって(小友聡)

最期の病床で擱筆した渾身のエレミヤ注解
〈評者〉小友聡

『VTJ 旧約聖書注解エレミヤ書 1~20 章』
大串 肇 著
A5判、616 ページ
定価9,240 円〔税込〕
日本キリスト教団出版局
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 VTJ旧約聖書注解シリーズはすでに七巻が刊行されていますが、今回の『エレミヤ書1〜20章』は特別な意義を持っています。それは、日本人研究者によるエレミヤ書の学問的注解書がついに刊行されたという意義だけではありません。この『エレミヤ書1〜20章』は、エレミヤ書研究に精魂を傾けた大串はじめ先生の生涯最後の著作だからです。これを書くために、大串先生は息を引き取るまで全力を注がれました。この注解書を遺して先生は主の御許に召されました。出版を見届けることはできませんでしたけれども、本書はエレミヤ書を解き明かそうとする著者の熱情と強烈なメッセージを私たちに伝えます。
 エレミヤ書は、今日、旧約文書の中で最も注解が難しい書だと言われます。そもそもエレミヤは紀元前7世紀から6世紀、ユダ王国が破局に至る激動の時代を生きた預言者ですが、エレミヤ書の成立はそのずっと後の時代です。エレミヤ書研究は、一九七〇年代以降、編集史的方法論が主流となり、預言者エレミヤの言葉に申命記史家(申命記主義者)が複雑に手を加えていることは自明だと説明されるようになりました。錯綜した編集の経緯があるゆえに、エレミヤ自身に遡る部分はほとんど見えなくなりました。この研究史的状況を踏まえてエレミヤ書を注解するということは至難の業となっています。

 大串先生は、長年、編集史的研究に打ち込まれ、独自のやり方でエレミヤ書の解釈に挑まれました。それが本注解書です。エレミヤ書に見られる、審判と救済という相反する主題を解きほぐし、その編集の複雑な歴史過程を丁寧に辿ってゆく解釈です。エレミヤの宣教の言葉(ケリュグマ)が申命記主義者たちによって継承され、その限りにおいて、エレミヤの言葉の意図は最終的なテクストにおいても読み取れると大串先生は考えておられます。宣教史的解釈と呼びうる方法です。そこに本注解書の特徴と意義があります。
 エレミヤ書は52章まであり、本注解書は20章までしか扱っていませんが、大串先生の長年のエレミヤ書研究が本書に遺憾なく発揮されています。扱われるそれぞれの単元の注解結論には「解説/考察」があります。そこには説教黙想の示唆があり、新約聖書の福音について、また教会についてしばしば言及されます。大串先生はこの注解書を通して教会の牧師たちに、すなわちエレミヤと同じように苦悩している同僚たちに、語りかけているのです。

 著者、大串肇先生を皆さんに紹介します。大串肇先生は日本ルーテル学院大学で教鞭を執り、日本基督教団仙川教会牧師を最期まで務められました。父上、大串元亮もとすけ先生も預言書研究で知られる旧約学者で、先代の仙川教会牧師でした。その父上を尊敬し、継承するという人生を肇先生は選び、一九八五年に東京神学大学修士課程を修了して牧師になりました。修士論文はエレミヤ書研究。初期エレミヤの人間論的用語「心」(レーブ)について分析した論文で、ここから大串先生のエレミヤ研究が始まります。
 卒業後にボン大学に留学。エレミヤ書研究で有名なW・H・シュミット教授の指導を受けました。帰国後に父上に代わって仙川教会を継承し、二〇一二年にはエレミヤ書研究で東京神学大学から神学博士の学位を授与されました。タイトルは「頑な心と新しい心│エレミヤ書の審判と救済の通告における人間論的視座│」。修士論文以来、三十年近い歳月をかけた研究の到達点でした。
 牧師として、また旧約研究者として、それまで順風満帆であったと思います。しかし、その後、大串先生は悪性リンパ腫の宣告を受けました。ちょうど、仙川教会と付属幼稚園の再建という問題に直面した頃でした。幸いにも最新の治療を受けて回復し、完治したかに見えましたが、二〇二二年に再発し、翌年一月八日に天に召されました。六十五歳でした。長い闘病期間に、牧師として教会堂と幼稚園を新築し、また日本ルーテル神学校教授も務め、多くの神学生を育成しました。
 あとは、エレミヤ書注解を完成させることが願いでした。その最後の願いは、注解書の前半部分を書き上げるのみで終わりました。本注解の解説文には、「なぜ、神のしもべである預言者が試練を受けねばならないのか」という叫びにも似た問いがしばしば出てきます。それは著者、大串肇先生御自身の思いと重なります。無念であったと思います。けれども、本注解書は「嘆きから賛美へ」で締め括られます。試練に生きる者の嘆きは賛美に変えられるのだ、という大串先生の信仰告白がいわば大団円になって本注解書は閉じられています(564頁)。あらゆることに全力で取り組み、教会、幼稚園、神学教育、著作出版という仕事を最後まで務められた大串肇先生の生き方は実に見事であったと言わざるをえません。
 評者は牧師として、また旧約学の学徒として大串肇先生と共に歩んできました。神学大学ではほぼ同期でした。その神学生時代、大串先生はプリンスと言ってよいまぶしい存在でした。その先生が、旧約学者であった父上の果たせなかったエレミヤ書注解執筆を成し遂げたことを評者は同僚として誇らしく思います。
 振り返ると、大串先生が病気治療を余儀なくされた頃、評者も脳梗塞を経験しました。評者も同じように教会堂と付属保育園の建築を終えたばかりで、三度目の発作が起きたときには死を覚悟させられました。それだけに、牧師かつ神学教師としての大串先生のぶれない生き方、前向きな姿勢は評者には励ましとなり、覚悟の力となりました。

大串 肇 略歴
1957年東京生まれ。東京神学大学大学院修了後、ボン大学に留学。
神学博士。2023 年まで、日本基督教団仙川教会牧師、ルーテル学院大学・日本ルーテル神学校教授。
2023 年1 月8 日逝去。
〈主要著書・訳書〉『頑な心と新しい心』(教文館、2013年)、C. ヴェスターマン『預言者エレミヤ』(新教出版社、1988年)ほか。

 本注解書の「あとがき」は著者の最後の病床で書かれました。病室には書斎のようにたくさんの本が置かれていたそうです。一部を引用させていただきます。

「コロナ禍の下、危機の中にあって苦しみ、叫び、キリストの福音を宣教しようと懸命に働き、心身ともに疲弊している同労の牧師や伝道者とその家族、そして教会の人々のために祈りたい。どうか、エレミヤの悲痛な叫びや嘆きの中に慰めを見出し、エレミヤ書の言葉に希望を見出すことができるように。本注解書がそのために貢献できるよう、実際の宣教の現場である教会の説教や聖書研究などで広く、長く用いられるように心から願う次第である」(567頁)。

 この「あとがき」の言葉を読むと、評者は目頭が熱くなります。ここには、注解書を執筆した著者の思いがストレートに書かれています。注解書は単なる聖書の解説ではなく、教会を形成する伝道者を励ます言葉なのだということがひしひしと伝わってきます。そういう言葉を紡いで、教会を愛し、伝道に生き、最後に本注解書を遺された大串肇先生の名を心に刻みます。「あとがき」には、御遺族の浩子夫人の言葉が添えられています。この添え書きは評者などの提案によって実現しました。
 本書は御遺族にとっても、また仙川教会にとっても、故人をしのぶ大切なよすがとなります。どうかこの注解書が多くの牧師、信徒の皆さんに読まれ、エレミヤのような苦難
の現実の中でも、たじろがず、希望を見出すことができますように。(『VTJエレミヤ書21~52章』は、東北学院大学の田島たかし先生が執筆することになりました。)

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