最新の出来事にも留意した初学者にやさしい教科書
〈評者〉大宮有博
聖公会の皆さん、ご自分の教派をいつもどう説明していますか? 「イギリス国教会の流れを汲んだ教派です」って言う説明に、もやもやしてませんか? そのもやもやをはらいのける本格的なアングリカンスタディーズ(聖公会研究)の本が出ました。本書の原著は、アメリカの神学校で、聖公会聖職候補生が聖公会の法憲法規と歴史を学ぶ授業の教科書として版を重ねているものです。「教科書!?」と身構えてしまうかもしれませんが、平易に訳されているため、とても読みやすいです。
また、本書は聖公会の歴史だけでなく、広くアメリカ・キリスト教史に関心のある方にもお薦めです。といいますのも、アメリカ・キリスト教史は教派史とも言えます。ヨーロッパでローマ・カトリックから分かれたプロテスタントは、アメリカで教派になり、分裂や合同を経て現在の形になりました。それどころかカトリックもアメリカでは一つの教派です。そして教派は、エスニシティや社会階級といった社会集団と結びつきます。アメリカ聖公会は、歴代大統領の多くがこの教派に属していることからも推し量れますように、エスタブリッシュメントに多いと言われています。
今世紀になって、どの教派も例外なく衰退し、代わって、超教派単立メガチャーチの数が増えています。それでもアメリカ・キリスト教史をつかむには、それぞれの教派がどのように形成されたかをなぞるのが近道です。
本書の優れた点を、ほかの教派史の教科書と比較していくつか挙げます。まず、教派史の教科書というものは、人名・地名(教会名)の羅列に紙幅が割かれてしまうものです。しかし、本書は読んでいて、固有名詞の羅列に苦しめられることはありませんでした。また、多くの教派史がアメリカ宗教史の基礎知識を前提にしているのに対して、本書は大覚醒や奴隷廃止論争、ファンダメンタリスト=モダニスト論争といったアメリカ宗教史の大きな出来事についても、キリスト教初学者に親切な説明がついています。例えば、多くの教派が奴隷廃止論争やファンダメンタリスト=モダニスト論争で自派を分裂させてしまうのですが、聖公会はそういった論争でも教派を分裂させませんでした。その点を本書では、主教会が慎重な結論を出す過程が詳しく書かれています。
さらに、たいていの歴史教科書は、古い出来事ほど詳細に記すのに、最近の出来事になると歯切れの悪い不親切な記述で終わってしまうものです。そこにはまだ生きている当事者への配慮があるのでしょうが……。本書は新しい出来事──例えばセクシャリティ論争や教勢減による組織の再構築──についてもかなり踏み込んで述べています。聖公会の女性司祭誕生の経緯は、キリスト教史(さらには女性運動史)の大きな出来事なので、その分詳しく書かれています。また、かなりの紙幅が割かれているセクシャリティ論争では、主教や聖公会に属する神学者の発言が具体的に引用されています。パンデミック対応については、リモートに対応した式文を作り、陪餐を工夫する姿が描かれています。
なお、本書は、聖公会の視点からメソジスト教会について述べる箇所がいくつかあります。特にアフリカンメソジスト監督教会誕生のきっかけとなった聖ジョージ教会事件についての記述は、クエーカーの支援があったという私も軽視していた点が書かれていて参考になりました。
このように思いつくままに書きましたが、本書の出版によって、日本のアングリカンスタディーズそしてアメリカ・キリスト教研究の層が厚くなることは間違いないと確信しました。
大宮有博
おおみや・ともひろ=関西学院大学教授