四二年間の大学勤めを終え、郷里に舞い戻っている。本年八月六日の広島原爆忌も、爆心地から三キロ弱の生家で迎えた。「平和記念式典」のテレビ中継からは、《責任》という語が三度も耳に届いている。ブックガイドを始める前に、まずその声たちを再生しておこう。
一番手は、広島市長・松井一実氏の「平和宣言」の一節──「核保有国の為政者の皆さんは、核軍縮に大きな責任を有しているのです」(傍点は引用者、以下同様)。続いて「私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります」と、小学六年生二名の「こども代表」が読み上げた「平和への誓い」。三番目が「私もまた、ここ広島において、安全で安心して暮らせる社会を次世代に贈る責任を痛感しつつ、『核兵器のない世界』と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを、お誓い申し上げます」と表明した、内閣総理大臣・高市早苗氏の「あいさつ」の結びである。
「責任」という発語や字句が私たちの耳目に入るのは、もちろん八月六日だけではない。私たちが毎日のように見聞きし、意味も使い方も分かっているつもりのこの二字熟語ではあるのだが、いざこれを別の語句に置き換えて嚙み砕こうとすると、途端に行き詰まりはしないだろうか。そこで「責任」の《学びほぐし》の出番が来る。「まなびほぐす」は、哲学者の鶴見俊輔さん(一九二二─二〇一五)が英語の動詞unlearn に与えた絶妙の訳語だった(『教育再定義への試み』岩波現代文庫、二〇一〇年)。unlearn とは、学んで覚えたことがらを解きほぐし編み直すことにより、改めて身に着け暮らしに即した活用へとつなげる営みを謂う。そうした《学びほぐし》を「責任」を目当てに企てた経験が、私にはある。高等学校公民科に設けられていた「現代社会」という科目の教科書を分担執筆したときのことだ。「民主社会の倫理」という担当節の三つ目の単元を「権利と責任」と題した私は、そこで「責任」という名詞を「応答する」という動詞へと差し戻す《学びほぐし》を敢行した。その箇所を抜き書きしてみる。
「日本語の『責任』も、漢字だけ見ると『責める』に『任せる』と書くので、まわりから責められて押しつけられた任務といった重苦しい雰囲気をただよわせてしまう。しかし、英語で責任にあたるのは『レスポンシビリティ』──わたしによびかけてきた相手にこたえること──という単語である。相手にこたえなければならないという点では責務であるが、こたえることによって自分の能力を実現できるという面に注目すると、責任も一種の自由(「~への自由」)に含めることができる。[……]相手の権利主張に耳をかたむけ、なるほど正しい主張だと判断したら、相手のいい分が実現できるよう行動に移ること、反対に相手の主張がふに落ちないときには、そこで会話を打ち切るのではなく、どこがわからないのか、筋が通らないのかをことばで説明すること──『責任』を果たすとは、そうした肯定なり否定の応答を続けることなのである」。(河合秀和監修『現代社会[地球市民として生きる]』教育出版、二〇〇二年三月二〇日検定済、一〇七頁)
本題に入る。責任とはどういうことかを《学びほぐす》ための恰好の手引きとなる新書と「戦後責任」および科学者の「社会的責任」のあり方を問い詰めた二冊の文庫を、簡潔に紹介させてもらう。
大庭健『「責任」ってなに?』(講談社現代新書、二〇〇五年)
本書は、「責任」の概念分析をイントロに置き、「責任(リスポンシビリティ)とは、第一次的には、互いに応答(リスポンス)が可能だという、間柄の特質」(二八頁)だと端的に定義して、これを次のように言い換える──「責任がある、ということは、裁判所から灰色の呼び出し状が来ることでもなく、弁済や配慮の負担を課されることでもなく、なお呼応可能な人─間でありえている、という悦ばしい報せ〔=「福音」〕なのである」(三〇頁)と。次いで、責任の「条件」、「主題」、「主体」といった問題群の《学びほぐし》を試み、「いじめ」や「戦争責任」にまで説き及んで、本論をこう結ぶ──「責任がある、ということは、声として聞き届けられなかった呻きに囲まれつつ、なお、おずおずとしてであれ、〔社会システムが聞き流そうとする〕雑音を発しうるし、届いた雑音を入力に変換〔して応答を促す「声」として聴取〕する余地もある、ということである」(〔 〕は引用者)。
五歳年上の倫理学者・大庭健さん(一九四六─二〇一八)は、ことばの真の意味で私の「学兄」であり、八年前に先立たれるまでの三四年の長きにわたり「現代倫理学研究会」なる小さな学びのサークルを協働運営してきた。ちなみに、『福音と世界』一九七二年三月号の力作「和解と〈闇の力〉──信仰の私事化の克服に向けた和解論の社会倫理的展開への一試論」でもって活字論文デビューした当時の著者は、日本基督教会浦和教会員として「バルト的正統」を自任していた。こうした本人の《原点》の在処は、あまり知られていない。
高橋哲哉『戦後責任論』(講談社学術文庫、二〇〇五年)
大庭さんの新書と同年に同じ出版社の文庫に収められた作品だが、もとの単行本は一九九九年の刊行になる。「アジア太平洋戦争終結五〇周年に前後して起きた、日本の戦争責任、植民地支配責任、そして戦後責任をめぐる大きな論争の中で[……]具体的な歴史の現実から決して離れることなく、同時に、できるだけ原理的に『戦後責任とは何か』ということを考えてみたかった」とする執筆のモチーフが、のちに明かされている(「学術文庫版へのまえがき」)。
大庭さんと同様に高橋さんも、「応答可能性としての責任」に立脚しつつ、「すべての人間関係の基礎には言葉による呼びかけと応答の関係がある」(三一頁)、「人間はそもそもresponsible な存在、他者の呼びかけに応答しうる存在である、responsibility つまり応答可能性としての責任の内にある存在である」(三二頁)と論じ進めていく。
本書所収のいくつかの論考は、批評家・加藤典洋さん(一九四八─二〇一九)との間で交わされた「歴史主体論争」を背景としている。「三百万の自国の死者への哀悼をつうじてアジアの二千万の死者への謝罪にいたる道が編み出されなければ」ならないと訴える加藤さんと「侵略者である自国の死者への責任とは[……]彼らとともにまた彼らに代わって[……]謝罪や補償を実行することでなければなるまい」と主張する高橋さんとの論戦の勝敗ではなく、その経緯をくまなく丁寧に《学びほぐす》こと、そのためには加藤さんの『敗戦後論』( ちくま学芸文庫、二〇一五年) とジャッジ役の内田樹さんの『ためらいの倫理学──戦争・性・物語』(角川文庫、二〇〇三年)とを合わせ読むとよかろう。
唐木順三『「科学者の社会的責任」についての覚え書』(ちくま学芸文庫、二〇一二年)
底本は評論家・唐木順三(一九〇四─一九八〇)の遺著として、一九八〇年に上梓された(著者は草稿を「原爆に抗議する覚書」とも略称していたそうだ)。第二次大戦後の国際的な科学者平和運動を牽引した「第一回パグウォッシュ会議声明」(一九五七年)に盛り込まれた「科学者の社会的責任」提言への違和感を起点に据えて、当該議論の広がりと変質を丹念に追いかけ、こう結ぶ──「科学者たちは『核兵器は絶対悪なり』という判断、価値判断を社会一般に対して下しながら、科学者自身に対しての、或いはその研究対象、研究目的に対しての善悪の価値判断を表白することは稀である。
物理学者が己が社会的、時代的責任を表白する場合、単に善悪の客観的判断ばかりでなく、自己責任の問題、『罪』の問題にまで触れるべきであるということが、現在のむしろ当然であり、そこから新しい視野が開かれるのではないか」(文庫版九五頁以下)。
四一年も昔、私は雑誌『理想』一九八五年九月号に「科学と倫理のあいだ──『科学者の社会的責任』をめぐって」という一文を寄せ、日本学術会議の「科学者憲章」(一九八〇年四月)と唐木の所論に対する反響・反論をサーベイし、さらに高木仁三郎・花崎皋平両氏による「社会的責任」の捉え返しにまで立ち入った。その三六年後に勃発した「福島第一原発事故」の衝撃を受けとめ、宗教学者・島薗進さんの周到な解説を付して文庫化されたのが本書である。近代科学にはらまれた「罪」という難問を《学びほぐす》よすがとして一読を勧める。
番外に、現代世界に対するキリスト者の「責任」の《学びほぐし》を促す文書二点──「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」(一九六七年三月二六日)と教皇ヨハネ・パウロ二世が発した「平和アピール」(一九八一年二月二五日、広島平和記念公園にて)を推したい。後者は「過去を記憶することは未来に対する責任を担うことです」と繰り返し強調している。















