四訳の「詩篇」から見えてくる翻訳の継承と進化
〈評者〉春日いづみ
日本における聖書の普及事業が始まって今年で百五十年を迎えた。驚くことに一八七三年のキリシタン禁制の高札撤去からまもない七五年、七六年に、日本聖書協会の前身であるスコットランド、イギリス、アメリカの各聖書会社が横浜に設立されたのである。日本聖書協会では一八八七年に明治元訳、一九一七年に大正改訳、一九五五年に口語訳、一九八七年に新共同訳、二〇一八年に聖書協会共同訳を出版している。ほぼ三十年おきに改訂や新しい翻訳がなされている。聖書学や考古学などの研究の成果を踏まえ、時と共に変化する言語感覚を大切にしてきた所以である。それぞれの時代の人々に受け入れられることを願って翻訳者は全精力を傾けたと思う。この度、百五十年間の成果の一端を披露するべく、記念として『旧約聖書 詩篇 四訳対照』が刊行された。見開きの頁に文語訳、口語訳、新共同訳、聖書協会共同訳が横書きに並び読み比べることができる。たとえば第一篇一節の各訳を見てみよう。
惡しきものの謀略にあゆまず
つみびとの途にたゝず
嘲るものの座にすわらぬ者はさいはいなり 文語訳
悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。 口語訳
いかに幸いなことか
神に逆らう者の計らいに従って歩まず
罪ある者の道にとどまらず
傲慢な者と共に座らず 新共同訳
幸いな者悪しき者の謀に歩まず
罪人の道に立たず
嘲る者の座に着かない人。 聖書協会共同訳
文語訳は格調があり韻律が整えられていて明治、大正期のみならず現代も文学愛好家に人気がある。口語訳は文語訳を受け継ぐが、戦後定められた現代仮名遣いを用い、当用漢字の字体、音訓に基づいている。新共同訳は、初のカトリックとプロテスタントの共同訳でエキュメニズムの道を大きく前進させたと言えよう。センテンスが長いが、「悪しき者」を「神に逆らう者」に、「罪人」を「罪ある者」とし、人にレッテルを貼らない、決めつけない訳に、温もりを感じる。聖書協会共同訳は引き締まった文体で、すーっと耳に入り、暗唱しやすく心に留まるのではないか。
筆者は聖書協会共同訳の日本語担当として主に詩文の翻訳、編集に携わった。その翻訳方針は直訳か意訳かといったものではなく、「礼拝にふさわしい美しく格調のある日本語に」という目標が掲げられた。また、翻訳の第一段階から原語担当と日本語担当が共に訳文を練り上げていった。豊かな日本語表現に親しみ、延いては日本の文化にも影響を及ぼすような翻訳を目指したといっても過言ではない。翻訳作業はあくまでも文語訳からの各訳の流れの上に築いていくものであった。継承と進化の歴史をこの四訳対照は証している。十字架の透かし模様の施された箱に収まる瀟洒な装幀は傍に置かれ、日々の祈りに用いられるのにふさわしい。














