【エッセイ】第19回東北アジア・キリスト者文学会議に参加して(芹川哲世)

 二〇二五年八月七日から十日まで、大阪の大阪市立青少年センターにおいて開催された第一九回東北アジア・キリスト者文学会議(実質は日韓キリスト者文学会議)に出席する機会を得た。本会議の創始は一九八七年に遡る。
 この集まりの趣旨と目的は、キリスト教徒として文学に関係する人々の活動を通して、「神の国」がこの地に到来するのに寄与することにある。韓国側の集まりの会則には「文学を通して東北亜地域のキリスト教文化を育てキリスト教文人の絆を増進させ福音の伝播と平和共存を追求する
こと」をその「目的」として明らかにしている。日本の東京水道橋の韓国YMCAで開催された第一回会議の主題は、著名なカトリック作家・遠藤周作の作品で、韓国でも複数翻訳のある『沈黙』であった。遠藤氏本人も参席し注目を集めた。それに先立って日本の戦争責任について、謝罪問題をめぐって日韓代表団間の少なからぬ葛藤もあったが、日本代表団の謝罪発言により会議が続行された。
 大体、該当年度の八月初め三泊四日の日程で二年に一度開催される会議は、両国の実行委員会が協議して、研究・発表対象を定め、両国のキリスト教文人の作品やキリスト教関連作品を対象としている。主催国で選んだ一名が基調講演をし、日韓両国の詩人と小説家の作品一編ずつ(詩は三篇)を選び、両国で一名ずつ同一作品を対象に分科発表を行っている。発表後は両国の参加者全員による相互討論の場が繰り広げられ、活発な意見が行き来するなど互いの間によい文学的・言語的研鑽と信仰的出会いの場になっている。
 本年初日、日本側一七名、韓国側一二名の参加者は夕方から始まったレセプションでは日本側代表・柴崎聰氏による挨拶と韓国代表・梁汪容ヤンワンヨン氏による答辞で幕を開けた。合わせて第一三回アジア・キリスト教文学賞授賞式が行われ、日本文学者の奥野政元活水女子大学名誉教授が受賞した。一九九七年からは両国のキリスト教文学の育成と文学交流に寄与した人を顕彰するための「アジア・キリスト教文学賞」制度を新設し、隔年の会議のたびに相手国の実行委員会で主催国が選んだ授賞対象者に賞牌または賞状と所定の賞金が授与される伝統を受け継いでいる。過去の受賞者の中には私の好きな韓国文壇の代表的な児童文学者・権正生クォンジョンセン(一九三七─二〇〇九年、二〇〇三年第四回受賞者)がいるのは特にうれしい。
 初日の嶺重淑氏の基調講演「文学としての聖書─ ─イエスの譬えの逆説的特質とその衝撃」では「ブドウ園の労働者の譬え」「サマリア人の譬え」「放蕩息子の譬え」「不正な管理人の譬え」が取り上げられ、イエスの譬えの最大の文学的特質として、それがしばしば逆説的特質をもち、それによって読者に衝撃を与え、新しい理解やものの見方を示し、新しい世界へ導いている点に認められ、聖書は極めて強い文学的特質をもった書物であることが強調された。三浦綾子の『細川ガラシャ夫人』について宋定宇ソンジョンウ氏と長濱拓磨氏、韓国の詩、金京洙キムギョンス「冬の祈り」、李郷莪イヒャンア「あなたのお陰です」と金汐キムソク「流れる星のサーカス」について釘宮明美氏、梁汪容ヤンワンヨン氏、南錦熙ナムクミ氏、孫晋殷ソンシヌン氏、日本の詩、大鹿理恵「さまよう影 待ち続ける光」、東延江「ユダ」、岡野絵里子「回帰」について閔泳珍ミンヨンジン氏、李相玉イサンオク氏、金汐氏、時澤博氏、韓国小説崔仁勲の「ラウル伝」について芹川哲世、金鐘會キムジョンヘ氏がそれぞれ発題を行い、参加者の間で熱い議論が交わされた。『細川ガラシャ夫人』について評者たちは、作者が自らの良心と信仰のために尊厳をもって死ぬことの意味を再定義し、「命よりも大切な信仰」を守るために文学通り命をかけた殉教者に匹敵する信仰者の姿を描いたところにこの作品の主題を見た。バテレン追放令が豊臣秀吉により布告された時、ガラシャは忠興との離婚に固執し夫から逃げて九州へ赴く決意をしていたが、これが実行されていたら日本にいるキリスト教徒は壊滅したに違いないと確信していたイエズス会士オルガンティーノがガラシャの説得のためにどれだけ苦労したか、このようにガラシャはイエズス会士の日本での存続にかかわる非常に重要な人物であったことがこの小説には記されていないことは筆者としては残念なことに思われた。
 崔仁勲『ラウル伝』はパウロと同時代のラウルという人物(幼友達の教法師)を設定して人間の理性と神の摂理の行き違いというキリスト教的主題を展開させた。パウロの陶器師の比喩のように神義論的立場に順応できずに、個人の意志とは関係のない歴史の動きを当時作者が経験した朝鮮戦争以後から四・一九学生革命に至る韓国の歴史的・政治的現実の中で、挫折と苦悩を繰り返すしかなかった、当代知識人の絶望感をラウルを通して一種のアレゴリーとして描いたものである。
 金京洙詩人と金汐詩人の中に登場する一千万人と言われた朝鮮戦争による離散家族の失郷民意識は強く胸に迫った。一時行われていた再会事業も現在は北朝鮮の国家閉鎖により完全に中断している。現在もまだ北に大勢残されている家族との再会事業の再開を強く望む。
 三日目午後の文化体験見学では高山右近、細川ガラシャ夫人所縁の地を尋ねた。大阪市中央区玉造にある大阪カテドラル聖マリア大聖堂カトリック玉造教会である。この地はかつて細川越中守の屋敷跡と伝えられる。大聖堂北西には「越中井」が残されており、キリスト教に改宗した細川ガラシャ夫人の辞世句碑が建っている。一八九四年この玉造の地にフランス人宣教師により玉造教会が誕生し、戦災により焼失するも、その後一九四九年に建設された聖フランシスコ・ザビエル聖堂に引き継がれ、一九六三年に現在の聖堂へと生まれ変わった。鉄骨鉄筋コンクリート造、建坪二四五〇平方メートル、軒高二〇メートル、青銅板葺きの大伽藍である。大聖堂は多くの芸術家の作品を有している。大聖堂前の広場の両端にある高山右近と細川ガラシャ夫人の石像、玄関正面の「無原罪の聖母像」、聖堂内の正面の大壁画「栄光の聖母マリア」、左右の壁画「ルソン行途上の高山右近」、「最后の日のガラシャ夫人」、大聖堂内にある大十字架、大聖堂の壁面に揚げられている十字架の道行の一四場面、小聖堂の聖アグネスと聖フランシスコ・ザビエルの像、また大小一○○個のステンドグラス窓には、イエス・キリストの生誕と洗礼、聖母マリアの生涯、そして小聖堂には日本人に福音を伝える聖フランシスコ・ザビエルが描き出されていて、いずれも一見の価値があり、大聖堂のパイプオルガンは、二四〇〇本のパイプを有する立派なものである。当日は別室で日本二十六聖人画(バチカン美術館所蔵)により著名な画家・岡山聖虚の聖人画の展示もされていた。
 最後に、この会議の中心は何よりも、作家の作品をめぐる討論にある、毎回熱い議論がなされ、いつも時間オーバーになった。通訳者が間に入るにもかかわらず、全くそれが気にならないほどである。日韓にはまだまだ未紹介の優れたキリスト教関連文学作品は多い。若い研究者の参加を強く望みたい。今回実行委員会代表の柴崎聰氏、会計担当の市川真紀氏、宋定宇氏、司会進行と通訳を務めて下さった 権宅明クォンテンミョン氏、クォンヨセフ氏、長濱拓磨氏をはじめ関係諸氏に深く感謝申し上げる。
(せりかわ・てつよ=二松学舎大学名誉教授)

書き手
芹川哲世

せりかわ・てつよ=二松学舎大学名誉教授

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