実践神学第一人者の白鳥の歌
〈評者〉小泉健
本書の著者である加藤常昭先生は、改めて言うまでもなく、日本のプロテスタント教会における実践神学の開拓者であり、とくに説教学を世界的な水準にまで押し上げた神学者です。加藤先生は今年の四月二六日、九十五歳で主のみもとに召されました。これからも加藤先生のお名前を冠した書物の刊行が続くでしょうが、本書は加藤先生がご自分で準備された最後の書物になります。加藤先生からの最後の贈り物として受け取りたいと思います。
本書には、二つの説教と十四篇の論文が収められています。論文のほとんどは講演であり、しかもそのうちの多くは教会で語られたものです。信徒にも牧師にも向けられています。どなたにも読んでいただきたい言葉です。
十四篇の論文は四部に分けられています。第Ⅰ部は「説教と説教者をめぐって」、すなわち説教学。第Ⅱ部は「礼拝をめぐって」、すなわち礼拝学。第Ⅲ部は「魂への配慮をめぐって」、すなわち牧会学。第Ⅳ部は「伝道と教会形成をめぐって」。加藤先生のお働きが実践神学のほぼすべての領域に及んでいたことがわかります。
第Ⅰ部が扱う説教学については、加藤先生はこれまでにすでに大きな著作をいくつもまとめてこられました。その上で、加藤先生がなお追求しておられたのは「霊性」の問題であったと言えます。福音を生きることです。信じることが生きることの全体に及び、浸透することです。考えてみると、加藤先生が周りの者たちに与えた影響も、学問的なことにまさって、加藤先生ご自身が濃厚に生きておられたこと、しかも、まさに福音を生きておられたことであったように思います。
加藤先生は福音主義的霊性についての研究をまとめるには至りませんでしたが、その序説として考えたおられたことを論文「私たちの霊性の系譜」で読むことができます。また、講演「説教の聴き方」は、説教の聴き手の霊性を問うておられると受け取ることができます。第Ⅲ部に収められた「絶望において知る慰め・絶望における信頼」、第Ⅳ部に収められた「こころを高く上げよう」もまた、霊性論になっています。いずれも加藤先生からしか聞くことができない、充実した考察です。
礼拝学を扱った第Ⅱ部では「礼拝の祈りの深さと広さを!」が重要です。タイトルのとおり「祈り」に集中しているのですが、「神を礼拝する」とはどういうことなのかという、もっと根本的なことを教えられます。聖書の言葉に聞き、具体的な事例に教えられつつ、礼拝の祈りがまさに神に向って深められ、世界へと広げられます。
牧会学を扱う第Ⅲ部では、何と言っても講演「日本のプロテスタント教会における魂への配慮(牧会)」が圧巻です。加藤先生の実践神学的な取り組みは、E・トゥルンアイゼン『牧会学Ⅰ』(日本基督教団出版局)の翻訳に始まります。ご自身でも『慰めのコイノーニア──牧師と信徒が共に学ぶ牧会学』(日本キリスト教団出版局)をお書きになりましたが、これは入門書でした。ついに牧会学についてのまとまった論考を示してくださったのが、この講演です。五十頁以上にわたる重厚なものです。この一篇を読むだけのためでも、本書を手に入れる価値があります。
小泉健
こいずみ・けん=東京神学大学教授