知的関心に応える書
〈評者〉飯 謙
ウイリアムス神学館叢書Ⅳ
今さら聞けない!?キリスト教
旧約聖書編
勝村弘也著
A5判・230頁・本体1700円+税・教文館
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私たちを旧約テクストへと誘う良質な書が勝村弘也氏により出版された。共に喜び合いたい。本書の出発点は信徒向けの講座とのことだが、そこからイメージされる平易さ、平板さはなく、内容はむしろ知的関心に応える骨太なものである。ぜひ手に取って一読されるようお勧めしたい。
旧約学者としての勝村氏は早くから物語批評や構造主義的解釈、あるいは文芸学からのテクスト・アプローチを学際的に手がけてきた、この分野の草分けである。本書ではそれらの専門知識が十分に咀嚼、紹介されている。マックス・ウェーバーによる社会学の視点(35―38頁)、アクセル・オルリク(43―47頁)やアラン・ダンダス(67頁)の物語論からの分析法、折口信夫の民俗学をテクスト解釈に応用する手がかり(83―84頁)等、あげれば切りがない。読者は著者の幅広い知見から聖書の切り口の豊かさを学べると思う。
本書は五章からなる。第一章「旧約の原典をめぐって」では、旧約聖書の構成から、中心の問題を扱う。勝村氏は、多くの旧約学者が中心論争で、神、律法、歴史といった、「宗教的」ととれるテーマに拘泥し、環境問題を始めとする現代の諸課題を置き去りにしてきたと指摘し、本書ではそれらを反映させるよう努めたと述べる(29頁)。読者は、本文中で語られるヘイトスピーチ(87頁)や原発事故(203頁)、先端産業の陥穽(207頁以下)等に関する叙述を見て、著者の問題意識と向き合い、旧約から現代を見つめる思索のコードを考えさせられるだろう。
第二章「創世記の父祖物語を読む」では、創世記12―25章のアブラハム物語を手がかりに、ヤコブや士師記の伝承、さらにはオウィディウス、グリム、風土記といった東西の古典に言及し、論述を進める。土地はもたないが、しかし神と同道する移牧民が、社会正義や隣人愛の認識と出会う道筋への覚知が意図されていると感じる。
第三章「詩篇」では、詩篇の各作品が古代共同体でどのように歌われたと思われるか(よく分からない、ということではあるのだが)を述べ、解釈の指標となった並行法や形式的な特徴(類型)について紹介する。これを理解するには一定程度の知識を前提とするが、説明は丁寧になされている。上で述べたように、本書は信徒向けになされた講座が元にあるわけであるが、詩篇と死海写本との関わり、頌栄の位置づけといった叙述の内容からは、その参加者がよく聖書を読み抜いてきた人なのだと想像させられた。
第四章では「雅歌の世界」、第五章では「コヘレトのことば」が取り上げられている。第四章の雅歌の研究史や図像学的な議論、第五章のコヘレトの論敵に関する仮説提示などは読み手の解釈に斬新なヒントを与えることだろう。
今回取り上げられているのはいずれも著者が翻訳や論稿、注解で詳述し、高い評価を得てきたテクストである。そう考えると、なぜ本書に勝村氏がトップランナーである箴言やヨブ記がないのだろうかと残念な気もする。講座の時間や紙数の制限などがあってのことと推察するが、他日、この書の増補版が世に出されることを願ってやまない。
飯謙
いい・けん=神戸女学院大学教授・院長