聖書学者が孫(と私たち)に送る聖書物語
〈評者〉中村佐知
N・T・ライトと言えば、専門性の高い学術書から一般読者向けの書籍まで、幅広い読者層に向けた多数の著作を持つ新約聖書学者です。まさか彼が子ども向けの聖書物語まで書くとは思わなかったという方も多いのではないでしょうか。私も最初は意外に感じましたが、前書きを読んで納得しました。彼が子ども向けの聖書を書こうと思ったのは、長年にわたる聖書の研究を通じて最も重要だと考えるようになったことを、孫たちに伝えたいと思ったからだそうです。従来の子ども向け聖書物語は、旧約と新約の一部を断片的に抜き出したものがほとんどで、ライト曰く「キリスト教版イソップ物語」となっており、聖書全体が語る壮大な物語を伝えるようなものは少なかったためです。
本書は、旧約聖書と新約聖書から七〇話ずつ、合計一四〇話を収録しています。子ども向け聖書物語でこれほど多くの話をバランスよく収録しているものは、私はほかに見たことがありません。特に新約聖書の物語は、福音書からだけではなく、「使徒言行録」、書簡、そして「ヨハネの黙示録」に至るまで、まんべんなく取り上げられています。
それぞれのストーリーには、複雑な神学的テーマがわかりやすい言葉で凝縮されており、色鮮やかなイラストと共に見開き一ページで魅力的にまとめられています。大人が読んでも、「この話のポイントはこういうことだったのか!」と、ハッとさせられるかもしれません。該当する聖書本文の箇所も記されており、関心のある読者は、聖書そのものも参照できるようになっています。そして、ここが本書のいちばんの特徴だと思いますが、一四〇の物語がただ順番に並んでいるだけではありません。それぞれの話に「この物語と関係があるよ。こちらも読んでみよう!」と、関連する物語が記されており、旧約聖書と新約聖書が互いにどのようにつながっているのか、どのように神の壮大な物語を紡いでいるのかを、概観できるようになっているのです。
この聖書物語を読んで育つ子どもは、聖書全体の大きな流れと主要な出来事を包括的に理解し、被造世界の救済という神の愛に満ちたご計画がいかに一貫しているかを、自然と学ぶことでしょう。本書は小学校高学年から中学生向けですが、高校生以上の青年や大人であっても、十分に読み応えがあると思います。物語と物語のつながりに目を向け、その背後にある神のおこころに思いを馳せることで、多くの発見や洞察を得ることができるでしょう。
さて、一四〇話の最後を飾る話は何だと思いますか?
「ヨハネの黙示録」の新天新地の話だと思うかもしれませんが、そうではありません。イエス様です。これはネタバレになるので小声で言いますが、本書の最後に登場するその物語に「関連する物語」は、「創世記」に戻るのです。神が人間に役割を与えた場面です。なんという構成でしょうか! 聖書の物語がただの文字によるストーリーではなく、この世界で神と共に働くようにという、神から私たちへの招きになっているのです。これほどまでにイエスとこの地に対する神のご計画を中心に据えた「聖書物語」を、私は見たことがありません。そして、その壮大な神の物語には、私たちも登場人物として招かれているのです。
中村佐知
なかむら・さち=霊的同伴者、翻訳家