ペリー・B・ヨーダー著 シャローム・ジャスティス(南野浩則)

平和を正義の観点から考える発想は聖書から
〈評者〉南野浩則

シャローム・ジャスティス
聖書の救いと平和

ペリー・B・ヨーダー著
河野克也、上村泰子訳
四六判・320頁・定価2530円・いのちのことば社
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 「シャローム」は、旧約聖書の言語ヘブライ語で「平和」「調和」を意味する言葉に由来しています。「ジャスティス」は英語で「正義」を意味します。平和を戦争がない状態であると一般的に考える一方で、聖書が語るシャロームを私たちの内面(心や精神)の平安と理解されている読者も多いのではないかと思います。しかし、本書はそのような見方を良い意味で覆してくれます。むしろ、本書が言いたいことは、シャロームは神の価値観に基づく社会づくりのビジョンであることです。個々人の内面は大切な事柄ですが、聖書のシャロームは心の問題にとどまらず、人々が生きる現実や社会に関わることです。
 本書の日本語版の書名を日本語に直訳すれば『平和・正義』となります。日本の社会・文化において、この二つの言葉を結びつけて考えられることはあまりないと思います。平和を正義の観点から考える発想は聖書そのものから来ている、そのことを本書は気づかせてくれます。なぜならば、聖書のシャロームは正義の実現そのものだからです。正義とは、悪人を懲らしめ、損害に見合った罰を与えることと一般には理解されています(これを応報的正義と言います)。しかし、本書が示している聖書の正義はまったく違った考え方をしています。聖書が主張する正義とは、ものごとがあるべき姿に戻ること(これを修復的正義と言います)であり、そのように試みることです。そのあるべき姿こそシャロームなのです。それを社会的な観点から考えると、抑圧されている人々、貧困に苦しむ人々、社会的な困難に追いやられた人々がその苦難の状況から解放され、人としての尊厳が認められて生きていくことができる状態に回復される、そのようなあるべき姿(シャローム)を聖書は求めています。
 聖書が語る社会的な視点について馴染みがなかったり、シャロームを教会や家庭の平和に限るべきであると考えたりする読者の方もおられると思います。しかし、聖書を丹念に読んでいけば、神のシャロームは教会の枠組みを超えて広がり、社会に根付かせるべきことが分かります。本書は聖書の言葉を取り上げて解釈しながら、神の意志であるシャロームの宣教的な意義についても説明しています。そのような意味で、シャロームの形成を委ねられた教会は社会に対して責任を負っています。それは不正義に対する「闘い」を避けて教会に籠ることではなく、社会的な弱者と共に非暴力という手段で「闘う」ことだと本書は言います。この世界はシャローム・ジャスティスに逆らうような価値観に満ちているからです。教会に期待される責任は宗教的な意義だけでなく政治や文化など多岐にわたりますが、特に本書は経済的な要素について繰り返し説きます。聖書が自らの理想とする経済政策を示しているからであり、人々の生活はどのような時代・場所においても経済活動そのものだからです。無意識のうちに資本主義社会を当然としている現代の教会にとってこの視点は重要です。
 最後に、刺激的な本書を分かりやすい日本語で紹介してくださった翻訳者のお二人に感謝を申し上げたく思います。本書が広く読まれ、理解されていくことを期待するものです。

書き手
南野浩則

みなみの・ひろのり=日本メノナイトブレザレン教団福音聖書神学校教務

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