湯浅八郎 述/田中文雄 編/国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館 新装版編集 民芸の心〔新装和英版〕 (森本あんり)

平和の追求者・湯浅が語る民芸の魅力
〈評者〉森本あんり


民芸の心〔新装和英版〕
湯浅八郎 述
田中文雄 編
国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館 新装版編集
四六判・288頁+口絵16頁・定価2200円・教文館

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 本書の中核をなすのは、一九七八年の五月になされた集中講義の記録である。そのとき国際基督教大学(ICU)の四年生だったわたしは、三〇余名に限定された受講学生の中には含まれていない。二〇歳そこそこのわたしにとって、「民芸」という主題はあまりに地味で印象が薄かったのだろう。
 それでも、湯浅先生の特徴ある声と話しぶりはよく覚えている。学内で講演会があると、先生は講演の意義を説明してゲストスピーカーを紹介し、講演が終われば聴衆からの質疑を取り仕切り、典雅な謝辞を述べて締めくくる。不思議なのは、日本語で話しても英語で話しても、相手が誰であろうと、そのゆったりとした格調ある口ぶりに何の変化も見当たらず、いつの間にか二つの言語を継ぎ目なく行き来していることだった。本書に出てくる「天下に一人あって二人とない」「ICUに外人なし」「明日の大学」などの「湯浅節」は、学生や教職員が繰り返し耳にするICUの精神として、今も身体深くに染みこんでいる。

 今回新たに付されたウィリアム・スティール名誉教授の「解題」を読むと、湯浅総長の人生が戦後日本の平和と民主主義をそのまま体現したものであったことに気づかされる。湯浅先生は、生年こそ違えど昭和天皇と同じ誕生日で、しかも一九五二年の四月二九日はICUの献学式が挙行された日だった。その前日には、サンフランシスコ平和条約が発効している。大学図書館の前庭にある記念碑が宮妃殿下や理事長や総長と並んで園丁だった宮沢吉春氏の名前を刻んでいることは、地位や肩書きに囚われないICUの価値観をあらわす実例としてよく聞かされていたが、何とそれはこの日米平和条約の締結を記念した石碑だったのである。「民芸の心」は、そういう大きな歴史のうねりを背景としつつ、他人の意見や世間の評価に惑わされずに自分の考えを養うICUの一般教育として語り出されている。
 心のうちに響く先生の謦咳を聞きつつ本書を読み進めると、市井の人々が慎ましやかな暮らしの中で用に供する民芸品を作り、それらをいつくしんで大切に使ってきた姿に、筋の通った美の感覚が浮かび上がってくる。墨壺に印判物、刺子に屑織、馬の目皿に蕎麦猪口。それぞれに付された先生の体験談も味わい深い。なぜ高級な陶磁の世界に入らなかったのか。なぜ瓦収集をやめたのか。なぜ朝市で買った五十銭の風呂敷に千金の価値があるのか。民芸の魅力を語る先生の言葉は、長い尾を引く問いかけとなって読者の心に残る。
 実際の講演の折りには、京都のお宅から九〇〇点ほどの民芸品が運び込まれ、学生が手にとって見ることができるように展示されたとのことである。それらをすべて収容し展示する施設が学内に完成したのは一九八二年、講演の四年後で、先生が亡くなられたほんの数ヶ月後だった。その三〇年後、わたしは湯浅八郎記念館の館長を務めることになる。先生のお話をもっとたくさん聞いてよけばよかった、と残念に思いつつ。せめて今日の学生たちと近隣市民の方々が、今後も同館に足を運び、あるいは多くのカラー図版と新たに全文の英訳が付された今回の復刊書を手にとって、「民芸の心」に触れる機会をもっていただければと願っている。

書き手
森本あんり

もりもと・あんり=東京女子大学学長

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