約束の地へ着いた家族
〈評者〉伊藤瑞男
この本を手に取ってすぐ気づくのは、美しい写真がとても多いということです。写真の間に適切な文章が置かれています。写真は森本二太郎さん、文章は主著者である森本佳代さんの手によるものです。
佳代さんは、バーバラ・クーニーの絵本『ルピナスさん』(ほるぷ出版)に若いころ出会い、ルピナスの花で世の中を美しくする夢に魅せられ、2001年に実際にクーニーが住んでいた米国メイン州ダマリスコッタの町を訪れたことにより、その夢の実現の道を本気で追求し始め、ついに手にすることができた、という物語を描いています。
もちろん、岡山県北西部の新庄村にルピナス・ヴァレーの土地購入、長年にわたる庭作り、家の建築などは佳代さん一人でできるわけはなく、夫の二太郎さんと息子の潤太さんの強力な協力がありました。
二太郎さんは、1965年国際基督教大学在学中、同大学教会が派遣した伝道キャラバンに加わってわたしと他の二人の学生と共に愛媛県の中島という瀬戸内海の島の開拓伝道に一カ月ほど行きました。そして中島伝道に魅せられ、更に翌年から一年間一人で信徒伝道を試みたことが彼の進路を決定づけたと思われます。なぜなら、二太郎さんは伝道の傍ら子どもたちのために塾を開き、片時もカメラを手ばなさず、中島の人々と自然を撮り続け、さらにこの間に広島県因島出身の佳代さんに出会ったからです。
二太郎さんは佳代さんと1970年に結婚し、新潟市の敬和学園高校で教師を15年続け、2人の間には、長女りささんと次女真希さんが生まれました。しかし、このいわば人生真っ盛りの時、二太郎さんは教師生活に終止符を打ち、専ら自然を撮影するクリスチャン写真家に転身し、周囲の人たちを驚かせました。まず、八ヶ岳山麓の長野県八千穂村に9年間住み、北米インディアンの移動式住居であるティーピーテントを取りよせて、その中で生活し、長男の潤太さんが生まれました。その後も、妙高高原・池の平に5年間、長野県東御市に9年間、そして岡山県新庄村に移り住んで17年間、山々、森、木々、花々などの自然を撮影してきました。二太郎さんの写真に出会った人、自然について伝道的講演を聞いた人は多いと思います。
佳代さんは家族と共に、自然の近くに、また只中に住みながら、自分たちの終の棲家は何処になるだろうか、と考え、祈ったと思います。わたしが妻と共に2008年にルピナス・ヴァレーを訪れた時は、そこはまだ荒地でした。しかし、昨年訪れた時には、心地よい庭園となっていました。ルピナス・ヴァレーは、佳代さんたちが自然に手を加えたものです。自然の理に適った人の自然への関与は、美しい自然を作り出しうるのではないでしょうか。
佳代さんは、この本の中で、レイチェル・カーソンの著書『センス・オブ・ワンダー』に触れ、亡くなった彼女の別荘に泊まることができたことを喜ぶほどに、二太郎さんと共にこの海洋生物学者にして詩人の自然への畏敬のことばに共感しています。同時に、ルピナス・ヴァレーの庭は神さまの「約束の地」だと告白しています。ここに、この書が持つ深みがあると思います。