現代に通じる魅力ある言葉を一日にひとつ、箴言から
〈評者〉與那城初穂
本書を初めて手にしたのは、高校の図書室でした。「これからを生きるあなたへ」という手書き文字風のタイトル、その隣には木の枝にとまった小鳥の姿。やわらかな色彩であたたかな印象を受ける表紙です。
ところが、サブタイトルに「聖書の知恵 箴言31日」とあります。「箴言」は旧約聖書の知恵文学に属する書物ですので、まさに「聖書の知恵」です。ただ、わたしは苦手意識を持っていましたので、ガードをちょっと固くして本書を開きました。
すると、「はじめに」が次の文で始まっているのが目に入りました。「『箴言』。こんな名前の書物が聖書にあることを知らない人も多いかもしれません。多分、『しんげん』と読めなかったでしょう」。また、わたしが「箴言」に苦手意識を持つ原因である「基盤にある家父長制」に留意し、「上の人の権威には従わなければならない、従って当然、という前提にある言葉は除くことにしました」とも記されています。現代を生きる目の前の読者にやさしく寄り添うような語り口と、遠く隔たった時代や文化を考慮された上で、現代にも通じる知恵を分かち合いたいという著者の姿勢は、最後のページまで変わりません。
著者の小林よう子先生は、教育学部を卒業後、小学校の教師として働かれました。4人のお子さんを育て、現在は牧師と幼稚園の園長を兼任されています。長く子どもたちと接してこられた先生は、箴言の言葉の中に、神と子どもと向き合う経験豊かな生身の大人の姿を見出します。言葉は励ましや慰め、苦言や叱責など様々ですが、それは子どもたちにこれからの人生を生き抜いてほしい、幸せになってほしいという願いからでしょう。それは成功体験からだけではなく、失敗体験からも来ているはずです。幸せや悲しみ、苦悩する時もあるのが人生です。そこから生み出された知恵の言葉たちだということに著者は気づかせてくれます。
本書は、「箴言」を構成する全31章の各章から、1つずつ言葉を選び、その言葉が伝えようとすることを見開き2ページでまとめています。この2ページが1日分ですので、毎日読み進めば1か月で読み終わります。読むのに時間はかかりませんが、それぞれの言葉について語られたり、問われたりする内容は余韻を残します。今を生きる読者がそれぞれ言葉を受け取るためのヒントを提示しているためです。著者の経験談に自分の経験を重ねて納得することもあれば、著者とは少し違うとらえ方をしたり、問いを深めたりすることもできます。
たとえば、1日目、1章からは7節の「主を畏れることは知識の初め」(聖書協会共同訳)が選ばれています。箴言で最も有名な言葉ですが、難しそうです。けれども著者は好奇心旺盛な2歳の子どもの姿を通して、この言葉を読んでいます。著者が園長を務める幼稚園の2歳児保育で出会う子どもたちかもしれません。その上で、「人間には理解できないことがあり、決してできないことがあると知ることです。そういう限界を知っていてこそ、生きていくうえでの本当の知識が持てる」と語ります。膨大な情報が消費され、限界を限界と認識しながらも、課題を先送りにし、自分さえ今さえよければ良いという自己中心的な生き方を止められないわたしたち人間の姿が浮かびました。若い人たちと接していると、成長してほしいと願って無限の可能性に言及しがちですが、同時に何を伝えなくてはならないのかを考えさせられます。
今年は能登半島地震で始まりました。世界各地では戦争や紛争が収まる気配もありません。困難の多い時代に「これからを生きる」若い人たちは、歩みを進めていきます。これまでを生きてきた大人たちが経験しないような山や谷もあるかもしれません。絶対成功する正解はありません。けれども「神はそれをちゃんと見ていてくださる」(77頁)のです。単なる処世術ではない現代に生きる「箴言」の魅力ある言葉を、これからを生きる若い方へ、そしてあなた自身にも贈ってみませんか。
與那城初穂
よなしろ・はつほ=敬和学園高校聖書科教員