原典に照らしながら読む楽しさ
〈評者〉野村 信
カルヴァンの聖書註解は、新約聖書はもちろん、特に旧約聖書においてはヘブライ語の原典聖書を参照しながら読むとその解説が分かり易く、要点を的確につかめる。「註解書」の多くが、彼の「講義」において学生や初学者を対象に語った講義録を編集したものだからである。講壇にはセバスチャン・ミュンスターの編集したヘブライ語『旧約聖書』(一五三六年出版)があったはずであり、聴衆も机上の原典、あるいは写しを見ながら講義を聴いた。
カルヴァンの聖書註解の基本原則は、「簡潔・明晰」に執筆することと「著者(とその執筆を促した神)の意図」を探求することにあった(『ローマ書註解』序文)。それは具体的には、聖書語句を配列順に、一、テキスト(語句)の説明、二、著者の意図、三、適応(展開)という三つのステップで逐一説き明かしたのであり、当時「節」はまだ付されていなかった(Vulgataに一五五五年に導入)。
このステップは聖書註解では、三の適応の部分が抑えられてはいるが、同書の説教においては著しい。また文脈によって三つの順が変動する場合もあるが、この原則を知っていると註解書においても説教においても、滞りなく内容を追っていくことが出来る(詳細は拙著「聖書解釈と説教」『新たな一歩を』(キリスト新聞社二〇〇九年、四四頁参照)。
イザヤ書の註解書は、カルヴァンの幾つもの註解書の中でも最も内容が充実した大作となった。イザヤ書に関する二度の講解説教を行い、二度の註解書の出版に至った。特に二度目の講解説教は、全部で三四三回となり、この成果が二回目の註解書の出版(一五五九年)に反映した。ジュネーヴ滞在の半分の年月がイザヤ書の講義、説教、註解に費やされたことになる(MaxEngammreの解説)。
今回、邦訳の『イザヤ書註解』第一巻(二年前に既刊)に続いて、第二巻が出版された。イザヤ書六六章全体を註解した力作(一五五九年の第二版)の翻訳を完成するには後、数巻を要するであろう。第二巻はイザヤ書十一章からの解説である。読み始めると「キリスト」への言及が多く、驚きを禁じ得ない人もいるだろうが、それは、三の適応(展開)の部分が拡大しているからである。第十一章はキリストを預言する聖書箇所として有名である。
第一巻、第二巻ともに訳文は読みやすく、〔 〕で挿入された訳者の念入りな補いは理解を容易にしてくれる。労多きに心より賛辞と感謝を送りたい。但し、補いが必ずしも妥当していない、あるいは過多と思える箇所が少々あるが、それは許容範囲内としたい。
なお繰り返すが、カルヴァンの註解書は、『綱要』や『ローマ書註解』献呈文で触れているように、「聖書を躓くことなく読み進める」ことを目的としている。よって、『註解書』で聖書の中の語句や一部の意味を「調べる」ことが当然あるにしても、「註解書を読む」ことが望まれる。そのためには今日ヘブライ語、ギリシャ語においても初心者のための聖書繙読用の便利なツールがウェブ上に散見されるので、それを用いてこの『イザヤ書註解』を読んで欲しい。現代の数ある聖書註解書とは歴史的情報量や趣も異なるが、聖書を神の御言葉として読み進める上で、実に味わいのある内容と霊的な示唆に富み、驚きを禁じ得ない。













